キャリア教育コラム

アダプティブラーニング ICTの力で個々人の能力に最適な教育が可能に

更新日:2018/12/28

国内の多くの教育機関において、ICT教育のための整備が進められています。ICT教育の浸透は教育のペーパーレス化や教員の負担軽減に役立つだけでなく、学習者ひとりひとりの能力・特性に合わせた学びを提供する新しい学習スタイル「アダプティブラーニング」も可能にしてくれます。さらにアダプティブラーニングが浸透することで作られるビッグデータは、教員側のスキル向上や教育分野の研究などにも役立つことが期待されています。
今後ますます注目される「アダプティブラーニング」について紹介します。

アダプティブラーニングとは

アダプティブラーニング(adaptive learning)を直訳すると適応学習となり、学習者ひとりひとりの学習進度・理解度に合わて学習内容を提供し、それに沿って学ぶ学習法を指します。

従来の一般的な授業は、あらかじめ組まれたカリキュラムに沿って進められます。しかし、すべての生徒がすんなり授業内容を理解できるとは限りません。そのため途中で授業についていけなくなる生徒や、反対に自分でどんどん学習を進めた結果授業を物足りなく感じる生徒が現れることがあります。

アダプティブラーニングはそうした学びのミスマッチをなくし、ひとりひとりが効率よく学べるシステムとして期待されています。生徒の進捗に合わせた学習内容の調整は従来から行われていますが、現在のアダプティブラーニングではICT技術の活用によって今まで以上に学習内容・学習レベルを個人に最適化しやすいという特長があります。

具体的には例えば生徒ひとりひとりの学習の進捗状況やつまずきやすい箇所をログとしてデータに残すことで、蓄積されたデータから最適な学習方法を導き出し提供できるようになります。

EdTechとアダプティブラーニング

アダプティブラーニングは、EdTech(エドテック)の一種です。文部科学省においても、これからの教育に不可欠な仕組みとしてEdTechの導入を推進しています。

EdTechとは

EDTechはEducation(教育)とTechnology(テクノロジー)を合わせた造語であり、一般的には教育とテクノロジーの融合によって生まれた新しい教育スタイル・教育サービスを指します。

紙の教科書の代わりに電子書籍・CD-ROM教材などを使うeラーニングと似ていますが、EdTechでは生徒と教師(または生徒同士)がオンライン上で質疑応答・意見交換しながら学ぶことが重視されます。

EdTechの発展は、多くの人に質の高い学びのチャンスをもたらします。例えば不登校や障がいなどの要因により通学が難しい人や、遠方の大学に進学したいが経済的理由などで実家を出るのが難しい人も、EdTechを活用すれば自宅で本格的に学べるようになります。

EdTechの代表例として知られるMOOCs(Massive Open Online Courses)は、国内外の大学のオンライン講義を原則無料で受けられるシステムです。海外の授業の中には日本語字幕をつけられるものもあり、言葉の壁も簡単に超えることができます。

EdTechについて詳しく知る

EdTechが可能にするアダプティブラーニング

EdTechの発展によって従来の教育のしくみにとらわれない学びが可能になり、ラーナーセントリック(learner centric、学習者中心の学習モデル)が進みつつあります。上述のMOOCsはもちろん、アダプティブラーニングもラーナーセントリックのよい例です。

また、EdTechの発展によって教育提供者側の新規参入に対するハードルも下がりつつあります。今後、さらに上質なアダプティブラーニングサービスが登場する可能性は大いにあると言えるでしょう。

アダプティブラーニングの仕組み

アダプティブラーニングの一例として、電子教科書を使う学習法を紹介します。学習者が電子教科書上で学ぶことで、学習進度のログ(記録)をデータとして蓄積できるようになります。

最初に全ての生徒に同じ問題を出し回答させます。そこから生徒ひとりひとりの得意・不得意なところ、問題の解答速度、間違えた回数などを分析します。生徒たちの学習ログからつまずきやすい箇所を把握し、そこを重点的にフォローすれば弱点克服に役立ちます。

また学習進度や理解度に合わせて生徒をいくつかのグループに分け、生徒のレベルに合わせて学習を進めることも可能になります。理解度が低いグループには基礎的な問題を反復して提供し、理解度が高いグループにはより高度な応用問題を出すことで、各生徒が自分のレベルに合わせて無理なく学べるようになります。

学習ログを知ることは、生徒側にとっても大きなメリットとなります。「○○をもっと復習したほうがよい」「以前は✕✕が苦手だったが、今はずいぶん克服できている」というふうに、自身の学習進度やレベルを客観的に把握することで効率のよい学習計画を立てやすくなります

ラーニングアナリティクス

アダプティブラーニングとほぼ同じ意味を持つ「ラーニングアナリティクス」という仕組みもあります。情報処理学会(福井県立大学学術教養センター山川 修氏)は、ラーニングアナリティクス(LA)について以下のように解説しています。

LMS(Learning Management System)やeポートフォリオなど、ネットワークにつながったコンピュータシステムを利用して授業を実施することが増えてきているが、この際、学習者がシステムをどう利用して学習したかという学習行動の履歴が自動的に蓄積される。この学習履歴をデータマイニングの手法を使って可視化、分析することにより、学習者の達成度の評価、将来的な能力の予測、隠された問題の発見などを行う分野がLAである

このように、ラーニングアナリティクスとアダプティブラーニングには「ネットワークを活用して生徒個別に適した学習を提供できること」をはじめいくつかの共通点があります。

例として九州大学基幹教育院は教育ビッグデータの蓄積・分析を行う国内初のセンター組織「ラーニングアナリティクスセンター」を設立し、ラーニングアナリティクスに関する研究を進めています。研究内容として「情報技術を用いて、学生からどのような情報を獲得して、どのように分析・フィードバックすればどのように学習・教育が促進されるか?」が挙げられます。

次項では、実際に授業で活用されているラーニングアナリティクスのおもな流れや仕組みを解説します。

ラーニングアナリティクスのおもな流れ

ラーニングアナリティクスでは、各学生の授業前・授業中・授業後の学習状況をログとして残すことができます。蓄積された学習ログは、各学生の学習状況の把握や成績の予想、学習状況に合わせたアドバイスやグループ分けなど、学生の学びをサポートするアクションを起こすのに役立ちます。

例えば予習段階では、多くの学生がつまずきやすい箇所を提示して詳しい説明を追加することができます。また、学習活動の活発度を可視化して「あなたは日頃からしっかり自習しているので、この調子でがんばりましょう」などというふうに学びのモチベーションを上げることもできます。

授業中の学生の行動をリアルタイムで把握して、授業に反映させることも可能です。例えば授業中にどんどん先のページまで進む学生が多ければ、より踏み込んだ段階まで授業を進めても授業について来られる学生が多いと予想できます。

反対に授業が進んでもなかなかページをめくらない・前のページに戻るなどの行動をとる学生が多ければ、そもそも予習していないか授業に集中できていない、あるいは内容が難しく理解が追いついていないと考えられます。そこから、その日の授業を無理に進めても学習効果が出にくいことが予想できます。

現在学んでいる学生の学習ログを、今後の授業・教材改善に役立てることもできます。例えばページAとページBを何度も行き来したログが多ければ、ページAとページBの内容を同じページにまとめるとより読みやすくなると考えられます。

また、ある学生がよく閲覧するページの傾向から彼(彼女)が何に興味を持っているか分析することもできます。分析結果をもとに学生が好みそうな教材を推薦すれば、学習意欲をさらに高めることもできるでしょう。

ラーニングアナリティクスの仕組み

学生は、授業前準備(予習)→授業→内省・改善(日々の復習、または試験などの結果を受けて弱点克服を行う)を繰り返しながら学習を進めていきます。多くの学生がこうした学習サイクルを繰り返すことで学習ログが蓄積され、多くの学生の学習ログが集まってビッグデータを構成していきます。

ラーニングアドバイザーはビッグデータをもとに生徒ひとりひとりの学習ログを分析し、学生に対して現在の学習状況・現在予想される最終成績・学生個人に合った学習方法などに関するアドバイスを行います。

一方、教員は授業設計(教材作成、レポート課題・試験問題作成など)→授業→改善(各学生の学習状況や試験結果をもとに、授業・課題内容を見直す)を繰り返して学習ログを蓄積していきます。

ティーチングアドバイザーは教員が現在受け持っている学生や過去に同じ内容を学んだ学生の学習ログを分析し、教員に対して授業の進め方・教材の内容などに関する改善方法を提案します。客観的なデータに基づいてカリキュラムを組むことで、学生は教員個人の主観・経験に左右されずに学習成果を上げられるようになるでしょう。

従来の試験では、たまたま試験当日の体調が悪かったために点数が下がったり、反対にまぐれで高い点数を取れたりすることがあります。そうした要素に左右されずより公平に学生の実力を把握するには、学習ログを分析するのが有効と考えられます。

また全国規模で標準化・オープン化されたビッグデータを構築することで学力の地域差を減らし、教員研修や教育関連分野の研究にも役立てられるでしょう。

オーダーメイドの服を誂えるように、ひとりひとりに合った教育を

アダプティブラーニングは、学習者ひとりひとりの学習進度や理解度に合わせて最適なスタイルの学びを提供する学習モデルです。昨今のICT活用によって学習者ひとりひとりの学習履歴の蓄積・分析が容易になり、アダプティブラーニングが今後ますます普及することが期待されています。

また、アダプティブラーニングと共通点が多いラーニングアナリティクスについても研究が進められています。学習ログの蓄積によってビッグデータを形作っていき、ビッグデータと個々の学習ログから導き出された分析結果に基づいて各学生及び教員にアドバイスを行います。

今後AIやビッグデータなどの活用が進むにつれてラーニングアナリティクスが大きく進化し、教育界に変革をもたらすことが期待されています。

【参考】
一般社団法人情報処理学会 学会誌「情報処理」教育コーナー「ぺた語義」

2014年5月号(4/15発行)Learning Analyticsとは(山川 修)

九州大学基幹教育院LAセンター、教育データ科学基盤研究センター主催
第3回九州大学基幹教育シンポジウムラーニングアナリティクス(LA)による
アクティブラーナーの育成
-教育ビッグデータをどう利用すべきか?- 講演内発表資料
「ラーニングアナリティクスセンターの取り組みについて」緒方広明
文部科学省

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部