キャリア教育コラム

教育ビッグデータ EdTechの導入によって広がる教育の可能性

更新日:2019/03/13

IT技術の発展に伴ってビッグデータの有用性が注目されていますが、もちろん教育界も例外ではありません。近年のEdTechの普及によって教育のスタイルが大きく変わり、学習や教育現場に関するさまざまなデータが蓄積されつつあります。教育ビッグデータの活用によって従来の教育現場では解決できなかったさまざまな問題が解消され、新しい教育の可能性が広がることが期待されています。

教育ビッグデータが実際に教育現場で活用され始めてからまだ日が浅いものの、教育ビッグデータを使った学習システムが学習意欲や成績の向上につながった実例もすでに登場しています。

教育ビッグデータとは

ビッグデータは、音声・写真・動画などさまざまな形式で蓄積された大容量のデジタルデータの集合体のことです。

従来のデータベース管理型のシステムの多くは、特定の種類・形式のデータしか処理できませんでした。しかし近年、インターネットの普及やコンピューターの処理能力の進化によってさまざまな種類・形式のデータをスムーズに扱えるようになりました。データは日々コンスタントに生成・記録されており、データとともに蓄積されるログによって各データの生成・利用状況や通信日時を知ることができます。

従来のシステムで扱いきれなかったさまざまなデータを蓄積・解析することで人の行動パターンを予想したり、複数のデータを結びつけて物事の因果関係をつかんだりすることができます。例えばインターネットで海外旅行に関する情報をよく閲覧していると、海外旅行情報サイトの広告バナーが表示されやすくなることがあります。これは、サイトの閲覧履歴データから「このユーザーは海外旅行に興味がある」と自動解析されるためです。

教育ビッグデータは、学習者の学習履歴や行動履歴などを示すデータです。データを上手く活用することで、学習者ひとりひとりの学籍番号や成績だけでなく、自主学習をきちんとしているか・どういった学習方法が適しているかなど、学習や教育に役立つさまざまな物事を知ることができます。

また教育ビッグデータを使って、教育者から学習者へアクションを起こすこともできます。例えば間違えた箇所についてリアルタイムでアドバイスしたり、励ましのメッセージを送ったりすることができるようになります。

EdTechと教育ビッグデータ

2019年度から、高等学校教育でも新学習指導要領が導入されます。この新学習指導要領においてもEdTechが推奨されており、教育ビッグデータのさらなる蓄積・活用が期待されます。

EdTechとは

EdTechという言葉はEducation(教育)+Technology(テクノロジー)の造語で、最先端テクノロジーを活用した教育スタイルまたは教育サービスを指します。

現在登場しているEdTechの例として、教師と生徒または生徒同士の交流・宿題や連絡事項の管理・保護者による生徒の学習状況チェックなどをオンライン上で行える学校用SNS、オンライン動画方式で大学の講義を受けられるMOOCs、AIを利用して個人のレベルに合った教材を提供できるタブレット教材などがあります。

教育ビッグデータ活用の可能性

EdTechの導入により、学習の成果やカリキュラムなどを教育ビッグデータとして蓄積するシステムが整いつつあります。ビッグデータは蓄積すればするほど価値が高まるものであり、教育ビッグデータが教育分野における多くの試みや課題改善に役立つことが期待されています。

Society5.0における教育ビッグデータの可能性

内閣府は、仮想空間と現実空間の高度な融合によって経済発展と社会的課題の解決を目指す人間中心の社会を「Society5.0」と名付けました。Society5.0は、狩猟社会(Society1.0)・農耕社会(Society2.0)・工業社会(Society3.0)・情報社会(Society4.0)に続く新たな社会として位置づけられています。文部科学省でも、Society5.0における教育ビッグデータの可能性について言及しています。

例えば学習ログから生徒ひとりひとりの思考・行動パターンを分析して各生徒に合わせた学習サポートを提供し、また学習指導・生徒指導・学校経営の全てにEdTechを活用して指導の質を高めつつ教師の業務負担を軽減することなどが期待されています。こうした教育の未来像をすべての学校で実現させるため、EdTechの活用が推進されています。

また、すぐにでも着手すべき内容として外国語教育・特別支援教育・遠隔教育におけるEdTechの活用、都道府県単位で共同調達・運用する統合型校務支援システムの普及の加速化、学習状況の「見える化」によるアダプティブ・ラーニングの推進を挙げています。

教育実践にまつわる暗黙知の可視化

ここでは、教師の授業スキルの可視化を例に挙げてみましょう。

小学校の算数において多くの子どもがつまずく内容のひとつに、分数の計算があります。ベテラン教師のA先生は、分数の計算をスムーズに理解させるための教え方のコツや子どもたちがつまずきやすいポイントなどを長年の経験によって知っています。つまり、A先生は自身の中に蓄積した頭の中のデータの分析結果からより効果的な教え方を導き出しているということになります。

もし分数の計算を教えられるのがA先生しかいなければ、いずれその学校での教育に支障が出てしまいます。そこで、A先生は若手のB先生に教材を使った教え方の指導や口頭でのアドバイスを行います。しかし、A先生個人が独自に編み出した教え方がB先生に100%伝わるとは限りません。もしB先生がA先生の教えをうまく習得できなければ、B先生が受け持つクラスの算数の成績はA先生のクラスよりも上がりにくくなってしまうでしょう。

こうした問題は、教育ビッグデータを活用することで軽減できます。例えばA先生のクラスでタブレット学習を導入して子どもたちの学習データを蓄積すれば、「分数の割り算でつまずく子どもが多い」「最初につまずいても、こういうふうに学習すると理解率が上がりやすい」といった客観的なデータを得ることができます。教師としての経験がまだ浅いB先生も、この学習データを参考にすれば授業計画を立てやすくなるでしょう。

教育ビッグデータは、授業・学習関連だけでなく学校の運営にまつわるさまざまな事柄(課外活動・学校経営・保護者とのコミュニケーションなど)に必要なノウハウや「暗黙の了解」を可視化し効率化させるツールとしても期待されています。

教育ビッグデータに基づいた政策展開の企画・推進

学校・学年・クラス単位での情報をたくさん収集することで、学習状況の進捗をデータ化することができます。もし特定の問題の回答率や理解率に差が出た場合、教師がどんなツールを使ってどのように指導したか・子どもたちがどんなツールを使って自主学習したかなどを比較・検証することができます。そしてより効率的・効果的な指導スキームや学習ツールを学校間や教育委員会間でも共有することで、全国の子どもたちに良質な学習環境を提供できるようになるでしょう。

すでに触れましたが、教育ビッグデータはアダプティブ・ラーニング(学習者ひとりひとりの学習深度や理解度に合わせた学習方法の提供)にも役立ちます。上記の例でB先生はA先生のクラスの学習データを使って授業計画を立てていますが、A先生の教え方が必ずしもすべての子どもに合うとは限りません。しかし他のクラスや学校の学習データがあれば、他にも効率的な教え方・学び方が見つかる可能性が高まります。教育ビッグデータからさまざまな学習方法を知ることで子どもひとりひとりのタイプに合わせた学習方法を提供でき、学習効果を高めるのに役立つでしょう。

岡山大学のビッグデータ活用事例

岡山大学は長野県高森町と連携し、教育ビッグデータと子どもの学習意欲に関する検証を行いました。その結果、教育ビッグデータの活用が学習意欲や成績の向上に役立つことがわかりました。

現状課題

例えば漢字や英単語を覚えるためには粘り強い反復学習が必要ですが、年間を通して学習内容を網羅し体系的な学習をサポートする学習システムはこれまで存在しませんでした。テストを実施しても、知識が本当に身についているのか一夜漬けによるものなのか見分けることは困難です。

子どもが学習意欲を完全に失っている場合は、教師による指導もほとんど効果を発揮しません。教師や親が無理やり勉強させても効果が出にくいばかりか、子ども自身がすぐ諦めてしまいかえって学習意欲を下げてしまうことにもなりかねません。

また近年多くの学校でタブレット学習が導入されていますが、タブレット学習の導入による学習成果はまだ十分に出ていません。子どもの成績や学習意欲は、教育方法そのものだけでなく学校での人間関係・家庭環境・健康状態などさまざまな要因に左右されるためです。

これまでに教育現場への科学的手法の導入が進みにくかったのは、上記の要因によって高精度なデータの作成が困難だったためと考えられます。

取り組み

高森町では2016年にeラーニングシステムを初めて実装し、子どもたちひとりひとりの日々の学習効果を可視化することに成功しました。

小学5年生に対して毎日のeラーニング学習(1回あたり5~10分)及び自主学習態度に関するアンケート(「言われなくても苦手な勉強をしているか」「自分で目標や計画を立てて勉強しているか」などを問うもの)を実施し、学習のフィードバック情報を教師・子ども・保護者が定期的に共有できるようにしました。

効果・成果

検証の結果、フィードバックの回数と比例して自己評定得点(成績)と自主学習態度に対するアンケートの平均点がそれぞれ上昇しました。この傾向は成績や学習意欲が低い子どもほど顕著であり、自主学習態度アンケートの点数が極端に低かった子どもたち10人の平均点数が調査開始後約半年で平均レベルまで上昇しました。

検証の結果から、教育ビッグデータを学習に活用することで学習意欲や成績が低い子どもでも「やればできる」ことを実感でき、学習意欲の向上につながることがわかりました。この結果を受けて、岡山大学と高森町は子どもの学力・学習意欲に関して高い問題意識を持つ自治体に向けて同様のサポートをしていきたいと発表しています。

これからの教育を大きく飛躍させうる教育ビッグデータ

インターネットやコンピューター処理システムの発展とともに、文字・音声・映像などさまざまな形式で蓄積された教育ビッグデータの有用性が注目されています。EdTechの普及によって教育ビッグデータを活用した新たな教育システム・サービスが生まれ、アダプティブ・ラーニングなどの教育政策が推進されています。

教育ビッグデータを活用することでこれまで属人的だった教え方のノウハウを「見える化」したり、学習や学校経営にまつわるデータを学校間・教育委員会間で共有することでより多くの学習者に良質な学習環境を提供したりするのに役立つでしょう。

現在多くの研究者・有識者によって研究されている教育ビッグデータですが、注目され始めて日が浅いためまだ発展途上段階と言えます。今後の研究によって、教育ビッグデータが持つ新たな可能性が発見されるかもしれません。

参考
内閣府「Society 5.0」

岡山大学「プレスリリース 教育ビッグデータを活用したeラーニングで、児童の意欲を劇的かつ確実に向上させられることを世界で初めて実証-意欲低位層を軒並み平均レベルに上げられる-」

文部科学省
「society5.0に向けた人事育成」

「Society 5.0 における EdTech を活用した教育ビジョンの策定に向けた方向性」

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部