キャリア教育コラム

PBLチュートリアルは、学習者自身による自己学習・自己評価

更新日:2019/04/17

教育界で注目されている新しい教育方法のひとつに、PBL(課題解決型学習)があります。今回のテーマとなる「PBLチュートリアル」は日本のPBL教育の中でも特にポピュラーな手法であり、多くの教育機関で導入されつつあります。

 

PBLチュートリアルには従来型の座学にはない多くのメリットがありますが、流行っているからというだけで安易に導入しても十分な教育効果は得られないでしょう。まずはPBLチュートリアルがどのような教育方法であり、どのような効果が得られるかについてしっかり知識をつけることが大切です。さらに国内の大学におけるPBLチュートリアル導入例を知ることで、実際の授業風景をイメージしやすくなるでしょう。

 

PBLとは

PBLチュートリアルを理解するためには、まずPBLを理解することが必要です。PBLは課題解決型学習〔Project(またはProblem) Based Learning〕の略称であり、学習者が自ら問題を発見・設定し解決することを重視する学習方法を指します。

 

PBLでは学習者自身の能動的な行動や自由な発想が問題解決のカギとなり、教師は学習者の支援役にとどまります。PBLはチュートリアル型と実践体験型の2種類に分類されますが、国内ではチュートリアル型のほうが多く実践されていいます。

 

PBLチュートリアル教育とは

 

浜松医科大学では、PBLチュートリアル教育について以下のように解説しています。

 

PBLチュートリアルは少人数の学生がチューターの助言を得ながら個々の問題解決に必要な事柄を学ぶ方式で、PBLに基づく学習を「PBLチュートリアル」と呼称することもあります。それに携わる教員を「チューター」と言います。

PBLチュートリアルでは5~8名程度の学生からなる小グループにチューターと呼ばれる担当教員1名を加えて行われますが、従来のセミナーのように少人数の学生に対して教員が講義をする授業ではありません。本学では1グループを6~8名の学生で構成してPBLチュートリアルを進めます。

この方式による学習は、単に課題が与えられそれを学習する、あるいは「正しい解答」を見つけ出す事ではありません。PBLチュートリアルでは「何を学ぶべきか」を探り出し、さらにそれを「探しに出かける」ことの重要性を大切にしています。したがって先輩に安易に「課題(症例)の解答」を聞くことは望ましくありません。それは自分から、自己学習する機会を奪ってしまうことになるからです。今回学んだ課題をこれから学ぶ学生に提示することも同じ理由で厳禁します。

 

PBLチュートリアル教育のメリット

 

PBLチュートリアル教育には、従来型の学習方法(教師から学習者への一方通行的な知識の受け渡しを重視する方法)にはないさまざまなメリットがあります。

自己学習の方法と習慣が育つ

「これをこういうふうに学習しなさい」と教師から指示される従来型の学習と異なり、PBLチュートリアルでは学習者自身が方法を工夫しながら学習を進めなければなりません。教科書や参考書・各種文献・インターネット・実験・実習など、さまざまなツールや手法を駆使して仮説の検証を行います。

こうした検証作業に慣れてくると、おのずと自己学習の方法と自発的に学ぶ習慣が身につきやすくなります。

 

問題発見能力・問題解決能力が育つ

PBLチュートリアルでは、提示された事例の中から学習者自らが課題を発見する作業が不可欠となります。事実をそのまま捉えるだけでなくその事実が起こった要因・背景や今後起こりうる問題などについて検証し想像力を働かせることで、さまざまな問題点や疑問が見えてきます。

こうした作業を繰り返すことは、問題発見能力や問題解決能力を伸ばすのに役立ちます。IT化がますます進むこれからのビジネス界で活躍するためには、自ら問題を発見し課題解決のために進んで行動する能力が求められます。他者からの指示で単純作業をこなすだけの仕事は、次第にAIなどに取って代わられることでしょう。

 

さまざまな意見・価値観を知ることができる

グループを構成するメンバーは、ひとりひとり異なる知識・経験・価値観を持っています。グループ内で情報交換し協力しあうことで、自分ひとりでは思いつけない新しいアイデアや意見に触れられることもあります。反対に、自分の何気ない発言がメンバーに大きな影響を与えることもあるかもしれません。

グローバル化が進むこれからの時代、さまざまな国籍・言語・文化を持つ人との関わりが増えていくと予想されます。自分の考えにこだわりすぎず他者と積極的に関わりながら学ぶことで新しい物事を柔軟に受け入れる力が身に付き、またそれを楽しむ余裕も生まれるでしょう。

 

チームワーク力が育つ

もしメンバーの誰かがさぼったり勝手な行動をしたりすると、メンバー全員の足を引っ張ってしまいます。そればかりか、グループ内の人間関係まで悪化してしまうかもしれません。

こうした事態に陥らないようメンバーひとりひとりが自らの役割をきちんと果たし、困難に直面しているメンバーがいれば力を貸すことで、おのずとチームワーク力やコミュニケーション能力が育っていくでしょう。チームワーク力を育てることは、組織の中での仕事や家庭生活を円滑に進めるためにも重要です。

 

自身や他者を評価し、フィードバックする力が育つ

従来の学習方法では、「試験に合格すれば(テストでいい点が取れれば)それでいい」と捉える学習者が少なくありません。学習結果をもとに弱点の克服や得意分野のスキルアップを図る人ももちろんいますが、学習意欲が高くない人が自力でそこまで至るのは難しいでしょう。

PBLチュートリアル教育は学習者が自分自身や他の学習者を評価し、そのフィードバックに基づいて自らの学習結果を改善することを重視しています。学習者同士で評価しあうことで教師とは違うさまざまな視点からの評価を知ることができ、また他者の学習結果を自身の学びに役立てることもできます。課題解決とフィードバックを繰り返すことで、自らを客観的に見つめる力や継続的に学び続ける力が身につくでしょう。

 

PBLチュートリアル教育の導入事例

 

国内の多くの大学で、PBLチュートリアルを導入したカリキュラムが組まれています。ここでは、3つの大学の例を紹介します。

 

浜松医科大学

先に触れた浜松医科大学のPBLチュートリアルは、医学部医学科において導入されています。最初に提示される課題には、学生が将来遭遇する可能性が高い臨床症例が多く用いられます。このPBLチュートリアルの目的は、正しい診断を下すことではなく事例(症例)の背景を理解し問題解決のために何を習得すべきかを学生が自ら考えることを目指しています。

 

浜松医科大学では基本的に1週間で1課題、週2回のPBLの時間を設けています。まず朝の1時間をチューターのつくPBLチュートリアル時間とし、その次の1時間をチューターのつかないグループ学習の時間、その後は自己学習の時間に当てます。

 

1回目のPBLチュートリアル時間には、課題提示~グループごとの仮説作成までを行います。2回目のPBLチュートリアル時間には、自己学習の結果をグループ内で発表しあって仮説を検証します。PBLチュートリアル時間終了後に総合討論の時間が設けられ、学習成果の発表・事例作成担当者などによる評価・まとめ(総合講義)を行ってその週のPBLチュートリアルを終了します。

 

徳島大学

徳島大学医学部では臓器疾患別に12種類のPBLチュートリアルコースが用意されており、コース内容に応じた座学教育を併用しつつ学習を進めていきます。学生はチューターのサポートを受けながら自己学習を進めて医学知識を学び、臨床推論を含む問題解決能力を育てます。グループ学習を通じて、チーム医療に必要なコミュニケーション能力やプレゼンテーション能力も身につきます。

 

徳島大学のPBLチュートリアル教育の特徴は、ICTを活用していることです。システムにログインすれば、いつでも公開済み課題の閲覧や学習課題シート・発表スライドの提出が可能です。学生はまず学習課題シートをダウンロードし、学習内容を記入して提出します。なお、一旦提出したシートの閲覧や削除・再提出も可能です。

 

参加したチュートリアルが終了したら、1週間以内に自己評価を行います。評価画面では、そのチュートリアルの良かった点・改善すべき点とともにチュートリアルに費やした自習時間の長さや教師への質問の有無などを入力します。各チュートリアルへの評価に加えて、コース全体を通しての自己評価も行います。

 

甲南大学

甲南大学もまたPBL教育に力を入れており、産学連携システムのPBL導入および医学系・工学系以外の分野におけるPBL情報教育活動を2004年に成功させました。

 

井上明氏(甲南大学情報教育研究センター)の「PBL(Problem Based Learning)による政策科学系学生に対する情報教育」で紹介されているPBLチュートリアルプロジェクトは、新聞社で働く政策科学系の社会人大学院生のアイデアから生まれました。その院生はインターネットを使った情報提供やコミュニティ形成に興味があったものの具体的に何をすればいいかわからず、またプログラミングスキルもありませんでした。そこで、工学部学生・教員・企業担当者と協力してプロジェクトを立ち上げました。

 

政策科学系学生が身につけるべきとされる「曖昧な状態から問題を見つける能力」を育てるため、目標設定の段階では手段(プログラミング言語やアプリケーションなど)ではなくあくまで「何が問題であり、最終的に何をしたいか」を意識づけることに注力しています。

 

実際の計画(コミュニティサイトに盛り込む機能の内容など)の策定は政策科学系大学院生が中心となって行い、サイト構築作業は工学部学生・院生が担当しました。

 

このプロジェクトの中で完成した女性向けコミュニティサイト「えるぶろぐ」を2004年に公開したところ、一般ユーザーからのアクセス数が当初の予想以上に増加しました。その結果活発なコミュニティ形成が実現しただけでなく、ユーザーの興味対象などを示す分析データが企業のマーケティング活動などに活用できることも明らかになりました。2005年に「えるぶろぐ」はシステムの共同開発元であるサンケイリビング新聞社の正式システムとして採用されました。

 

PBLチュートリアルは、自ら学ぶ力を育てる新しい教育スタイル

 

PBL(課題解決型学習)の中で現在もっともポピュラーな手法であるPBLチュートリアルは、提示された事例(シナリオ)の中から学習者自身が問題点を見つけて課題解決を行い、さらに自己評価・他者評価をもとにフィードバックを行う学習方法です。

 

PBLチュートリアルは、学習者自身の主体的な学びや問題解決能力を育てるのに役立ちます。またグループ学習を通じてチームワーク力や多様な価値観を柔軟に受け入れる能力が身につき、学習フィードバックによって自己を客観的に見つめ、学びの内容を高め続ける力も伸びるでしょう。

 

国内でも、医学系学部などを中心にPBLチュートリアル教育を実施する大学が増えています。ICT教育や産学連携とPBLチュートリアルが結びついている例もあり、これからのグローバル社会・IT社会で生き抜く力を育てる新しい教育スタイルとして注目されています。

 

■参考
・浜松医科大学「PBLチュートリアル教育
・徳島大学医学部
PBLチュートリアル
PBLシステム利用マニュアル-学生-
学生による評価マニュアル
PBL(Problem Based Learning)による政策科学系学生に対する情報教育」井上明(甲南大学情報教育研究センター)

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部