キャリア教育コラム

大学におけるPBL(問題解決型学習)の導入実例

更新日:2018/08/08

PBL(問題解決型学習)は、アクティブラーニングの一環として多くの教育機関で取り入れられています。教室での座学がメインとなり知識の暗記や公式を使って問題を解くことが多い従来型の学習に比べて、PBLでは決まった答えがない課題を学習者自らがいかに考え解決するか、そして学習者自身が出した答えをどのように他者に発信するかが重視されます。

学習方法が注目される一方、PBLの歴史はまだ浅く、PBLに必要とされる設備や確立した手法や事例が充分に整っていない教育機関も少なくありません。これからPBLを取り入れたいけれど具体的に何をすればいいかわからない、あるいはPBLを導入したものの思うような成果を得られていないと感じていらっしゃる方に向け、先駆けて実践している大学のPBL成功実例をご紹介します。

PBLの概要

PBLはProject-Based Learning(課題解決型学習)の略であり、学習者の主体的な学びを重視するアクティブラーニングのひとつです。PBLの手法は教育機関によってさまざまですが、おおむね以下のポイントが重視されます。

・提示された課題、または学習者自らが決めた課題からテーマを設定する

・学習者自らが積極的に課題に興味を持ち、課題解決のために仲間と協力して行動を起こす

・授業中だけでなく、授業時間外の活動にも重点を置く

・実社会で役立つさまざまなスキル(問題解決能力・チームワーク・プレゼン能力など)を伸ばす

企業ではプロジェクト方式で仕事を進めることが多く、また仕事を進めるうちに複雑かつ正解がない問題が起こることもしばしばあります。これからの社会では、ただ知識量を増やすだけでなく持っている知識を活かして主体的に問題を解決し、新しいアイデアを生み出す能力へのニーズがますます高まると予想されます。PBLは、こうしたニーズを満たし学習者一人ひとりの実践的な能力を伸ばす手段として注目されています。

各大学の導入事例

三重大学

三重大学はいち早くPBLを取り入れた教育機関の一つです。PBLの教育効果を高めるためには学生・教員の両方がPBLについて知識を深めなければならないという観点から、PBLを行う教員向けに独自のマニュアルを作成しています。ここではマニュアルに取り上げられている「事業形態類型化の2つの視点と11の授業形態類型」の図を使いながら三重大学の取り組みを紹介します。

引用元:「三重大学版PBLマニュアル」三重大学高等教育創造開発センターhttp://www.dhier.mie-u.ac.jp/item/Mie-U_PBLmanual2007.pdf

PBLを担当する教員には、学生に知識を伝えるだけでなく学生の学びをサポートし学習成果を最大限に引き出すチューター(助言者)としての役割が求められます。しかし教員から学生への知識伝達がメインとなる講義型授業からいきなり本格的な学生主体型PBL(上図ピンク色の型)に切り替えることは、教員にとっても負担が大きくなります。

そこで、PBLマニュアルではまず講義型授業とPBLの中間的授業(上図水色の型)を無理のない範囲で導入することがすすめられています。教員のスキル向上度や教育上のねらいに合わせて、より右上に近い学習モデルを段階的に授業に取り入れていきます。

教員だけでなく、学生がPBLに慣れるためのカリキュラムも実施されています。入学初年度には、大学教育に必要な感じる力・考える力・コミュニケーション力・生きる力を身につけるための「『4つの力』スタートアップセミナー」が全学部の学生に向けて開講されます。全15回の授業一つひとつがPBLとして実施されており、受講生用の共通テキストも作られています。また、それぞれの授業は高等教育創造開発センターの専任教員が担当しています。このように学生・教員の両方がPBLに充分慣れることで、PBLの効果をより高めるのに役立っています。

 

多摩美術大学

学習者が自ら問題を見つけ解決に向けて行動するPBLは、正解がなく個々の創造性が重視される美術の世界とも相性が良いといえます。例えば多摩美術大学が東京大学・JAXAと提携して進めている「ARTSAT 衛星芸術プロジェクト」は、人工衛星を芸術家のための「特別なモノ」から市民の日常にある「身近なコト」へ変えるプロジェクトです。アートとテクノロジーを融合させることで宇宙をより身近なものにし、社会に夢と希望を与えることを主なねらいとしています。こういったプロジェクトもPBLの一つです。

ARTSATプロジェクトでは人工衛星を宇宙と地上を結ぶメディアとしてとらえ、衛星から送られたデータをさまざまなアートやゲーム・エンタテインメントに活用しています。2014年には、このプロジェクトで提案された世界初の超小型芸術衛星「INVADER」の打ち上げに成功しました。打ち上げ後は多摩美術大学キャンパス内の主管制局からINVADERへコマンドを送り、アルゴリズムを用いた音声・音楽・詩の作成やチャットボットによる地上との対話などさまざまな芸術ミッションを成功させました。

 

湘南工科大学

湘南工科大学では、2015年にICT(情報通信技術)を活用したアクティブラーニング専用教室「コラボレーションルームⅡ」が新設されました。コラボレーションルームⅡでは三方の壁が全面ホワイトボードとなり、電子黒板としても使えるプロジェクターが8台設置されています。また学生ひとりにつき1台のタブレット端末および教員用PCがプロジェクターと無線接続され、自分が研究した内容の発表および他の学生との共有がスムーズにできるようになりました。

コラボレーションルームⅡの設置によって、模造紙や付箋を使っていた従来のアクティブラーニングに比べて授業中・授業外での作業がスムーズになりました。作業途中でもデータの保存・持ち運びがしやすくなり、画像などの資料も共有しやすくなったためです。さらに、大きい模造紙のための大型テーブルが不要になったためグループを組み替えての作業がしやすくなりました。

こうしたICTの活用によって授業改善に対する教員の意欲が高まり、グループ学習・ディスカッション・プレゼンテーションなどのさまざまなアクティブラーニング型授業が展開されています。ICTを駆使した授業はタブレット・スマホをよく使う学生にとっても親しみやすく、学生が工学分野の専門知識・技術を社会で活かすために必要なスキルを高める効果が得られています。

 

産業技術大学院大学

産業技術大学院大学もまた、創立当時からPBLに力を入れてきた大学のひとつです。産業技術大学院大学では通常の研究型大学院で課される修士論文がなく、その代わりに2年次の活動がPBLに費やされます。3~6名のメンバーで構成されたプロジェクトで実務レベルの内容・規模のテーマを設定し、ひとつの成果を生み出すことで、プロとして社会で活躍する専門職技術者を育成するねらいがあります。

あるプロジェクトでは、国際会議運営支援ソリューションの開発をテーマとして活動しました。プロジェクトメンバーがみずから国際会議の運営スタッフとなって現場で経験を積むなど実践的な取り組みを行い、この取り組みによって高度なノウハウと多岐にわたる業務を必要としつつも予算・人材が限られる国際会議運営の問題点を明らかにしました。
この問題点を受けて、国際会議運営者向け業務管理支援ソフト「ConfVisor」がプロジェクトの成果として発表されました。ConfVisorは国際会議運営者のスケジュール管理・主催者とのコミュニケーション・準備や運営のモニタリング・招聘状作成などの業務を幅広くサポートし、運営者の大幅な負担・経費軽減に成功しています。さらにConfVisorは誰でも無料で使えるという点でも評価が高く、すでに複数の国際会議場やコンベンションビューローなどで活用されています。

単なる学びの場にとどまらず、社会への影響力も持ち得るPBL

PBLは学習者が主体となって課題解決に取り組むアクティブラーニングの一種であり、国内の大学ではすでにIT・工学・芸術などさまざまな分野においてPBLが実施されています。今回取り上げた例では、ICT・独自マニュアルの活用や身近で実践的なテーマ設定によって学習者自らが意欲的に学びに取り組み、成果を出すことに成功しています。

特に多摩美術大学・産業技術大学院大学などで行われている産学連携型PBLは、もはや単なる学びの場ではありません。社会人に求められる汎用的能力を得ると同時に学生ならではの柔軟な発想が生んだ技術・アイデアによって社会に影響を与える産学連携型PBLは、さまざまな可能性を秘めた新しい教育の形として注目されています。

【参考】
三重大学版PBL実践マニュアル -事例シナリオを用いたPBLの実践-」三重大学高等教育創造開発センター編

茨城大学根力育成プログラム PBLハンドブック」茨城大学 大学教育センター

PBL科目-PBLの事例」多摩美術大学

ARTSAT 芸術衛星INVADER」多摩美術大学×東京大学ARTSAT

アクティブラーニング専用教室の導入事例が紹介されました ニュース&トピックス」湘南工科大学

AIIT PBL Method」産業技術大学院大学

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部