インタビュー

将来教育者を目指す学生にこそPBLを。奈良学園大学の取組

更新日:2019/09/11


必要性が叫ばれながらも未だ各教育現場で模索が続いているキャリア教育。

このインタビューシリーズでは各教育現場でキャリア教育に取り組んでいる先生方の生の声をお届けします。今回は2019年度から全在籍学生にPBLを導入している奈良学園大学の岡野先生にお話を伺ってきました。(取材・執筆:羽田 啓一郎)
*本記事の情報は2019年7月時点の情報を元にしています

お話を伺った人

岡野 聡子さん 奈良学園大学 キャリア副センター長・准教授
 

―奈良学園大学さんでは今年から全在籍学生に弊社がご提供しているPBLを実施いただきました。その背景を教えてください。

教育学部としてPBLを導入する意味があると考えたからです。本学の人間教育学部では多くの学生が教員を目指します。今、教育業界は劇的な変化の時代を迎えています。そうした時代背景の中、これまでの指導ではなく新しい指導方法が必要。そこでPBLを実際に学生たちに体験させよう、と考えたのがきっかけです。
 

―教員にどのような変化がこれから起こるとお考えですか?

これまで日本の教育者は、普段の授業は一人でやることがほとんどでした。一人で教壇に立ち、大人数の前で講義を行う、というスタイルが主流です。ただ今後はPBLやアクティブラーニングのように学生は講義を一方的に聞くわけではなく、主体的に活動しながら学んでいくスタイルに変化していきます。そうなると一人の教員でフォローできる生徒の数は限定的になる。結果として、教員も一人で授業をするのではなく、教員同士がチームを組んで状況に合わせながら動く力が求められてくるのではないでしょうか。
 

―なるほど、だから将来の教育者にもPBLをやらせておこう、ということですね?

そうですね、学校種問わず、これからはアクティブラーニングを指導することになるわけですから、学生時代にアクティブラーニングをやる側を経験させておこう、と。チームで動きながら様々な摩擦を経験する。そうした体験を学生時代にたくさん積ませたいと思っています。一人で行動するわけではなく、1つの目的に向かって他の誰かとみんなで頑張る、という態度を作っていこうと。私にとってPBLの成果の一つには、態度形成があると思っています。

 
―今回導入いただいたのはGoogleのPBL教材でしたが、どうしてGoogleの教材を活用しようと思ったのでしょうか。

GoogleのPBLのテーマは「あなたの考える社会課題をAIを活用して解決する」というものでした。どうしてこのテーマを選んだかというと、実はPBL導入の考え方とほぼ同じです。今後、小学校からプログラミング教育が始まりますが、教員たちもプログラミングやAIに関する知識やスキルを身につけなければなりません。これから教師を目指す大学生達も、AIについて基本的な事は絶対に知っている必要があると考えました。
 

―PBLプログラムの流れを教えてください。

「社会課題をAIで解決する」というテーマに取り組むにあたり、まずGoogleからご提供いただいたAIに関する教材映像「はじめてのAI」を授業の中で視聴させました。動画はとても分かりやすくまとまっていたので、AIの基礎を理解するにはうってつけだと感じました。

その後、私なりに勉強をしてAIに関する講義を挟みながら、学生に課題に取り組ませていきました。テーマの通り、学生それぞれが考える社会課題や身近に問題意識を持っている課題を議論し、それをAIを使ってどう解決するか、というグループワークを一定期間取り組ませたのです。予想以上に面白いアイデアも出てきて驚きましたね。
(奈良学園大学の学生の作品はシーズン2のトップに表彰されました)

ただ、当然ながらその過程では様々な摩擦がおきます。正直、チームワークがうまくとれないチームも沢山出てきます。そこで一連のプロジェクトを経験してもらった後にチームワークビルディングの授業を行いました。
 

―グループ活動を行う前にチームワークビルディングを行うのが普通だと思いますが、事後に行うのはユニークですね。どうしてですか?

チームで動いていく難しさを一度経験しないと学習深度が深まらないですからね。PBLでクオリティの高いアウトプットを出すことが目的であれば最初にチームワークビルディングを行った方がいいと思いますが、この授業はそれだけではないので、チームワークビルディングの講義はPBLの後に持ってきました。働きアリの法則という考え方がありますが、PBLを授業でやらせてもやはり同じで、一生懸命頑張る学生もいればそうではない学生もいる。途中で学生同士でぶつかるチームも多いです。みんなそれぞれ思う事がある状態でPBLを終え、一人一人リフレクションシートに一人一人PBL全体を振り返らせるのですが、そこで書かれているのはとても生々しい感情でした。
 

PBLを通じて感じたコミュニケーション摩擦を気づきに


 

―生々しい感情といいますと?

チームメンバーに対するフラストレーションですね(笑)。一生懸命やった学生の中には本当に不満の感情がそのままぶつけられたシートもあります。一方、自分がさぼってしまった事、自分の弱さに罪悪感をもった声もありました。これは学びがあるな、というシートを私がピックアップして記入者の名前を隠し、原文ママで授業中に全員に配付して共有しました。
チームメンバーがどんな事を考えていたのか。どんなことを感じていたのかをそこで目の当たりにすることになります。刺激が強い授業にはなりますが、考え方も取り組み方も様々な人がいるんだ、という気づきがあります。
 

―特定の技能だけではなく、人間形成としても効果がありそうですね。

私にとってのPBLは、社会人になる前に通るべき態度形成の機会なのかなとも思っています。

これからの社会で求められるスキルとして他者とコラボレーションできる力の重要性が高まっています。人を動かす、働きかけ力。しかし最近の学生はネットで検索して自分で解決しようとはしますが、他の人の力を借りようと思わない。これではコラボ以前の問題です。
 

―社会に出る前に一度授業で他者コラボレーションの機会を経験しておくことは意味があるかもしれませんね。

そしてこれは本学の学生に限った話ではありませんが、スマホを見る為に顔を下に向けることに慣れているからか、人の顔を見て話さない若者が増えている気がします。そもそも人間的な感情が持ちづらく、表情が乏しい。だからお互いの感情や気持ち、立場に気づくことが出来ない。
PBLを起点にしたコミュニケーションの摩擦によって、ドキっとした摩擦とともに感情の葛藤が見られるようになったと思います。そして教員としてそれに一つ一つ付き合う。

私たち教師が与えるのは場面の設定。状況設定だと考えています。その中で悪戦苦闘しながら前に進む学生に向き合っていくことが大切ですね。
 

PBL受講学生の感想


今回、岡野先生のPBL授業の受講者である人間教育学部2回生、阪部さんにPBLを受講した感想を聞いてみました。

憧れていた先生がいたので、将来は高校の国語の先生になりたいと考えている阪部さんは、今回の授業で初めてPBLを体験しました。
 

知らない人とチームを組んで何かを成し遂げ、自分の知らない世界を知ることが出来たという阪部さん。「社会に出る前の準備としてよかった」とPBLを受講して感じた事を話してくれました。
 

ただ一方、阪部さんのチームもチームワークはうまくいかなかったようです。チームメンバーは顔は知っているけどそんなに普段よくやりとりをするわけでもない4人組。チーム結成当初は議論も活発に行われていましたが、次第にうまく機能しなくなったと言います。授業外でそれぞれが各自で調査したり作業する必要がある事柄もやってこないメンバーがいたり、次第に作業が阪部さんともう一人のメンバーに集中するようになったそうです。
 

「うまくさぼられたな」というのが阪部さんの感想。ストレスや不満を感じたようですが、それでも最後までやりきった事に自信もついているようです。
 

「ある程度長い期間、誰かと一緒に共同作業を行う経験は、学生時代ではサークルやバイトがあると思います。ただそれらは嫌になったら辞めることができる。でも授業は辞められないですよね。そういう意味で、初めての経験でした」と阪部さん。
 

またGoogleのAIテーマに取り組んだことでAIについての印象も変わったそうです。
「このプログラムを受講する前はAIは“人間の仕事を負担してくれる”という漠然とした印象しかもっていませんでした。ただ今回、AIの活用法について考えた事でAIが何がどこまでできるのかが何となくわかるようになりました。そして同時に、デジタルではなく人間が行うアナログな領域はこれからも残るんだなと思いました」

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部