キャリア教育コラム

学習と睡眠の関係は? 質の良い眠りで学習定着率をアップさせよう

更新日:2019/04/17

日本人は昔から「寝る間も惜しんで勉強(仕事)すること」を美徳としており、日常会話の中で自身の睡眠時間の少なさをアピールする人も少なくありません。また現代日本では夜でも昼間とほとんど変わらず活動することができ、寝る直前までパソコンやスマートフォンを使い続けてしまうこともしばしばあります。

しかし、睡眠不足や睡眠の質の低下が健康面・学習面の両方に悪影響を及ぼすことが明らかになっています。長時間勉強しているのになかなか学習成果が上がらないと悩んでいる人は、いま一度毎日の睡眠を振り返ってみるとよいでしょう。睡眠の質を上げることで頭の中も身体の調子もすっきり整い、苦労していた勉強がスムーズに進むようになるかもしれません。

睡眠と学習定着

試験前に睡眠時間を削って必死に勉強したものの、いざ当日になると頭がぼうっとしてしまい思うように成果を出せなかった経験を持つ方は少なくないでしょう。その一方で、眠りながら学習する「睡眠学習」という概念や「寝る直前に勉強したことはしっかり記憶できる」という話も有名です。

これらのことから、質の良い睡眠は学習定着率を高めるのに役立つと考えられます。では、学習と睡眠は具体的にどのように関わっているのでしょうか。

学習定着とは記憶の質

学んだ内容を脳に定着させることを学習定着と言いますが、学習しさえすれば必ずすぐにその内容を覚えられるとは限りません。短時間の学習でしっかり脳に残すことができれば「学習定着率が高い」、長時間学習してもなかなか覚えられなければ「学習定着率が低い」と言われます。学習定着率の高さは、記憶の質の良さと言い換えることもできます。

学習定着率を上げたい場合、多くの人はまず学習方法を工夫しようとするでしょう。自分に合った学習方法を模索することはもちろん重要ですが、さらに記憶のメカニズムと睡眠の関係を知って日々の睡眠を改善することもまた学習効率の向上に役立ちます。

記憶のメカニズム

東京農業大学の教授などを勤める喜田聡氏は、「記憶形成とアップデートのメカニズム」で記憶の定着について次のように解説しています。

わたしたちの記憶は、目や耳から入った情報が大脳皮質に蓄積されることで形成されます。形成直後の記憶を思い出そうとすると、大脳皮質のあちこちに散らばった情報を一旦海馬でまとめなければなりません。こうした海馬の作業は、散らかった部屋から必要なものを探し出す作業に似ています。

記憶形成後時間が経つと大脳皮質同士の連携が強まり、ばらばらに蓄積されていた情報が次第にまとまっていきます。それに伴って海馬の仕事量は小さくなり、整頓された部屋から必要なものをサッと取り出すようにスムーズに記憶を思い出せるようになります。子どものころに覚えた文字の読み方や九九などを自然に思い出せるのは、古い記憶が大脳皮質内でしっかりまとまっているためです。

睡眠と学習定着の関係

甲南大学の前田多章准教授は、睡眠と記憶の定着について以下のように述べています。(一部要約抜粋)

「ヒトの睡眠は、基本的にノンレム睡眠(脳を休める睡眠)とレム睡眠(身体を休める睡眠)の繰り返しによって成り立っています。ノンレム睡眠+レム睡眠の1セットの長さは約1時間半であり、このセットを5回繰り返すには7時間半の睡眠が必要となる計算になります。一晩の睡眠の前半には深いノンレム睡眠が多く、後半には浅いノンレム睡眠が多いことが明らかになっています。」

睡眠の重要なはたらきのひとつが、記憶の固定です。入眠後早い段階で現れる深いノンレム睡眠はいやな記憶を消す作用を、睡眠の後半で現れる浅いノンレム睡眠は手続き記憶(スポーツの技術や自転車の乗り方など)を固定する作用を持っています。また、浅いノンレム睡眠は昼間に記憶したことと過去の記憶を関連付ける作用も持っています。」
「「夢を見る睡眠」として知られているレム睡眠は、新しい記憶と過去の記憶を関連付けて記憶をスムーズに思い出せるよう索引をつける作業(記憶のタグ付け作業)を行うための睡眠でもあります。」

以上のことから、ひとつながりの睡眠時間を確保しノンレム睡眠とレム睡眠を一定回数繰り返すことが学習定着率の向上につながることがわかります。質の良い睡眠をとれないと脳内の情報が整理されにくくなり、学んだことをなかなか覚えられなくなったりいやな記憶がいつまでも残ってストレスが増えたりすると考えられます。

質の良い睡眠とは

とは言え、まとまった睡眠時間を確保しさえすれば必ず睡眠の質が上がるというわけではありません。睡眠の質の良し悪しは、以下の要素にも大きく左右されます。

規則的な生活リズムに沿った生活

ヒトの生物時計は1日約25時間が基準となっており外界の1日(24時間)と1時間ずれていますが、このずれは外界の昼夜リズムや社会リズムによって自然に修正されています。しかし活動と休息のリズムが不規則だと昼夜リズムや社会リズムによる修正がうまくいかなくなり、昼間の眠気や入眠障害・中途覚醒などの睡眠トラブルにつながります。

眠気をコントロールし睡眠の質を上げるには、眠いからとむやみに仮眠をとることではなくなるべく規則正しい生活を心がけることが重要です。休日はつい朝寝坊や夜更かしをしたくなるかもしれませんが、生活リズムを崩さないようできるだけ普段通りに過ごすのが望ましいでしょう。起床時に日光を浴びることで、生物時計のずれをリセットしやすくなります。

心身がリラックスした状態での睡眠

睡眠の質を上げるには、入眠前に心身をリラックスさせることも重要です。入浴時はぬるめのお湯にゆっくり浸かり、寝室の環境(寝具、照明、温度、湿度など)にも気を配りましょう。

また、昼間の適度な運動も効果的です。運動によって身体をほどよく疲労させることで睡眠と覚醒のメリハリがつきやすくなり、中途覚醒を防ぐのに役立ちます。

学童期~青年期は特にインターネットやSNSが気になりがちな時期ですが、寝る前はなるべくパソコンやスマートフォンの使用を控えることも大切です。夜間にこれらの機器が発する光を浴びすぎると睡眠を促すホルモンが分泌されにくくなり、睡眠不足や睡眠の質の低下につながるためです。

1日の睡眠時間の長さはどのくらいにすべきか

すでに述べた通りノンレム睡眠とレム睡眠は約1時間半ごとに繰り返され、それらの変わり目ごとに目覚めやすくなります。

厚生労働省の発表では、日本の成人の標準的な睡眠時間は6~8時間となっています。この範囲内でノンレム睡眠とレム睡眠を十分とり、かつ目覚めをすっきりさせるには、入眠後およそ6時間または7時間半で目覚めるようにするとよいでしょう。

必要以上に長い睡眠をとったからといって、睡眠の効果が上がるわけではありません。睡眠のとりすぎによって睡眠のサイクルが乱れることもあるので、長すぎず短すぎずほどよい睡眠時間を確保しましょう。

睡眠トラブルが及ぼすさまざまなリスク

睡眠評価研究機構の白川修一郎氏によると、睡眠不足や睡眠の質の低下によって起こりうる主な症状は以下の通りです。

精神面への影響

睡眠不足や睡眠の質の低下は、脳機能を低下させます。脳機能が低下すると学習パフォーマンスや学習意欲が落ちるだけでなく、心の病気や命にかかわる重大事故につながることもあります。

20歳以上の男女1,395名を対象としてアンケート調査をとり、7年半後に再調査を行ったある研究では、調査開始時と再調査時の両方で睡眠の質が落ちていた人のうち抑うつ症状がある人は36.6%にのぼりました。一方、どちらの調査でも質の良い睡眠をとっていた人のうち抑うつ症状がある人は6.3%にとどまりました。

ノルウェー国民74,977人を対象として行われた追跡調査では、睡眠の問題と自殺リスクの高さの関係が明らかになっています。この調査において睡眠に問題がない人の自殺リスクを1とすると「たまに睡眠に問題が生じる人」は1.9、「時々睡眠に問題が生じる人」は2.7、「しょっちゅう睡眠に問題が生じる人」は4.3という結果になりました。

これらの研究結果から、長期にわたる睡眠不足または睡眠障害などからくる睡眠の質の低下によって脳が休息しにくくなると精神機能に悪影響を及ぼすリスクが上がることがわかります。

免疫力低下

寝不足が続いたときに風邪をひいた、あるいは風邪の症状が長引いた経験を持つ方も多いでしょう。睡眠には身体の損傷を修復する作用があり、免疫力とも深い関係を持っています。

アメリカで22~55歳の男女153名を対象として行われた実験では、ライノウイルス(一般的な風邪の原因ウイルス)を鼻粘膜に曝露して症状が出るかどうかを調査しました。その結果、質の良い睡眠をとれていない人の発症率は質の良い睡眠をとれている人の5倍以上となりました。このことから、質の良い睡眠はウイルス性感染の発症リスク軽減に役立つことがわかります。

また、長期間の不眠や睡眠障害(睡眠時無呼吸症候群など)が高血圧・虚血性心疾患・脳血管性認知症・Ⅱ型糖尿病などの生活習慣病のリスクを上げることも明らかにされています。

肥満

生活習慣病の原因の一つである肥満もまた、睡眠不足や睡眠障害によって発症リスクが上がることが知られています。

コロンビア大学の調査では、4時間以下の睡眠者は7~9時間の睡眠者と比べて肥満率が73%高く、5時間睡眠者の肥満率は50%高いという結果になりました。またスタンフォード大学で30~60歳の男女1,024人を対象に行われた研究では、8時間睡眠者と比べて5時間睡眠者は食欲を増進させるホルモンが約15%多く、食欲を抑えるホルモンは約15%少ないことが明らかになっています。

子どもが肥満になる要因は運動不足・食べ過ぎ・遺伝などさまざまですが、それ以上に重要な要素が睡眠です。ポルトガルで7~9歳児4,511人を対象に行われた調査では、睡眠時間8時間以下の子どもの肥満率は睡眠時間9時間以上の子どもの約2.5倍にものぼることが明らかになっています。

学習定着率アップと健康維持に欠かせない、睡眠習慣の見直し

睡眠の質の良し悪しは、心身の健康だけでなく学習効率をも大きく左右します。質の良い睡眠をとることでノンレム睡眠とレム睡眠が繰り返され、脳内に散らばった情報が整理されて重要な記憶をスムーズに思い出せるようになります。毎日の睡眠を改善することで脳を効率よく使えるようになり、学習定着率アップ効果が期待できるでしょう。

睡眠の質を上げるためには、睡眠時間の長さだけでなく規則正しい生活リズムを心がけ心身をリラックスさせることも大切です。睡眠不足や睡眠の質の低下は、学習パフォーマンスや学習意欲の低下を招くとともにさまざまな健康被害や事故のリスクを高めることがわかっています。自力で睡眠を改善することが難しい場合は、たかが睡眠と軽視せず専門家に相談することも大切です。

■参考
「記憶形成とアップデートのメカニズム」喜田聡
「睡眠と記憶について/基本的な睡眠とは」
・井上昌次郎
「睡眠科学の基礎 7. 2種類の異なる睡眠調節法-概日リズムとホメオスタシス」
「睡眠科学の基礎 6.高等動物の2種類の睡眠―ノンレム睡眠とレム睡眠」
「就寝前の青色光曝露が睡眠と代謝に及ぼす影響」萱場 桃子(筑波大学)
「日本における睡眠健康教育の現状と課題」白川修一郎
「フィットネス運動生理生化学 第33回 睡眠時間が短い子どもほど肥満する」 西端泉(川崎市立看護短期大学准教授)

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部