必要性が叫ばれながらも未だ教育現場で模索が続いているキャリア教育。
このインタビューシリーズでは各教育現場でキャリア教育に取り組んでいる先生方の生の声をお届けします。今回はPBLに取り組む立命館大学産業社会学部教授の前田信彦先生のお話を伺ってきました。(取材・執筆:羽田 啓一郎)
*本記事は2018年11月時点のものです
お話を伺った方
前田信彦さん
立命館大学産業社会学部教授。日本学術振興会、日本労働研究機構研究員、エラスムス大学客員研究員を経て立命館大学に着任。立命館大学キャリアセンター部長、キャリア教育キャリア教育センター長などを歴任。
PBL導入のきっかけ。学生には直接的な経験が必要だ
-前田先生は立命館大学の中で様々な立場でお仕事をしながらPBLに取り組まれています。何故、PBLを導入したのかの経緯を教えてください。
私は以前、本学の学生の就職活動をサポートするキャリアセンターの仕事を担当していました。その中でグローバル人材育成プログラムというプログラムの立ち上げに関わりました。これは日本の学生と外国人留学生が共同で企業の課題に取り組むプログラムで、これがいわゆるPBLに私が出会ったきっかけです。この時に学生の成長を目の当たりにし、PBLについて関心を深めました。
その後、私が所属する産業社会学部の正課の授業であるキャリア教育科目「キャリア探偵団」を担当するようになりました。当時、この科目では企業にゲストに来てもらい、その講演を200名程度の学生が大教室で聞いて感想をレポートで出してもらうという授業だったのですが、PBLの授業の方が効果が高いのではないかと思い、キャリア探偵団を自分が担当する事になったので根本的に内容を見直し、20人程度のPBLだけを行う授業にしたのです。
-PBLの効果が高いと感じられたという事ですが、具体的にどういった効果が見られましたか?
PBLの学びの本質は結果ではなくそのプロセスにあると考えています。少し大きな話になりますが、グローバル社会の中では多様なバックグラウンド、価値観を持った人たちとプロジェクトベースで仕事をすることが求められます。しかしこの感覚ばかりは座学では身につかない。そこで、大学教育の中で多文化疑似体験をするようなプログラムとしてPBLをとらえています。
先ほどご紹介したグローバル人材育成プログラムでは、日本人学生と外国人留学生は必ずといっていいほど議論の進め方などで言い合いになるようです。例えばですが、日本人と留学生では時間の感覚、使い方が違う。何らかの議題があった時、日本人は答えが出るまで議論しようとします。しかし留学生はそうではない。予め決まった時間になると帰ってしまう。日本人学生は、自分の価値観が通じない事にあっけにとらわれるわけです。
『経験のための戦い(エドワード・リード著)』に書かれているのですが、我々はインターネットを通して即時に情報を入手できますが、それらはすでに加工された二次的な情報です。そういう情報社会では、人と人が直接会って話したり、生の現実を体験するような一次的な直接的経験をする機会が少なくなる傾向があります。
学生も同じで、間接的な経験が多くなっているのではないかと考えています。誰かが処理したものしか見ておらず、直接経験した事がなく画像でみたり読んだだけの知識で物事を認識しがちですよね。そのせいかもしれませんが、自分が予想していない事、知らない答えが返ってきた時に萎縮してしまうようにもみえます。
大学教育で理論は教えることはできますが、それと並行してもっと根本的な経験をさせることも重要なのではないかと考えています。その手法としてPBLは効果的ではないでしょうか。
-PBLを経験して学生に実際にどんな変化がありましたか?
一番顕著に感じるのは、学生がプレゼンをする時の達成感ですね。例えば普通の授業で先生が少子高齢化に対する何らかの課題を出すと、学生はネットか図書館で調べてきたどこかの事例を発表して終わる。
しかしPBLではグループで直接会って、対話しながらアイデアを創り出していく。その過程で新たな不明点や疑問点が生まれる。問い自体を自分で見つけていく。当然ながらそれは苦しい過程ですが、それを乗り越えて成果発表する学生の表情は全然違うし、学生が成長しているという教員としての実感もあります。
PBLカリキュラムの全体像。教員として苦労する点、工夫する点
-PBLカリキュラムの全体像を教えてください。
私が担当している「キャリア探偵団」は本学の産業社会学部の2回生以上であれば誰でも受講できる科目として設置されています。定員は25名で2単位を授与しています。
企業様からテーマをいただき、そのテーマに対して取り組む全15コマの授業です。初回のオリエンテーション以降、基本的には学生達がワークに取り組む時間が大半を占めます。ただ、学生のスキルアップのために外部講師を招いてロジカルシンキングやプレゼンスキルを学ぶコマを3コマ用意しています。
社会で必要なスキルを学び、それを実践する機会として企業課題に取り組む、という流れですね。15コマ中、5コマは学生は完全に自由に取り組む作業時間としていますが、作業時間は教室に出席せずにインタビューやフィールドワークに行くグループもいます。また最終発表前は授業外でも図書館などに集まって作業しているようです。
最終発表を終えて最後の15コマ目では振り返りをやって終了、というプログラムです。
-テーマを出してくれる企業はどのように探していますか?
私の場合は京都のある大手企業様に毎年ご協力いただいているのですが、キャリアセンターにも協力してもらったので最初のきっかけづくりはありがたいことにそんなに苦労はしませんでした。協力企業様には教室に一度お越しいただき、会社の説明や学生が取り組むテーマのご説明を頂きます。その後学生はワークに取り組むのですが、中間発表という形で途中経過を企業様にプレゼンする機会を頂きます。そこで受けたフィードバックを元に最終発表まで仕上げていく、という流れですね。
-企業と連携する上で何か気をつけていることはありますか?
やはり企業様には無償でご協力いただいているので、しっかりと何かの形でお返しするということでしょうか。私の場合は学生からの感想やレポートは全て目を通した上で企業様にお返ししています。また最大のお返しは学生にしっかり取り組ませ、完成度の高いアウトプットを出す、ということ。そのために外部講師も招いてスキルアップさせています。また初回オリエン時に一般的なビジネスマナーも教えます。こうした事を疎かにしてしまうと、翌年から企業様に協力頂けなくなるという事例も聞いたことがあるので、指導教員として出来る基本的なことをしっかりやっているつもりではいます。
-では学生を指導する上で工夫していることや苦労されていることはありますか?
PBL以外に私は自分の専門分野の授業を持っていますが、PBLは普通の授業の倍は手間暇がかかります(笑)。企業様への説明もしっかりやらないといけませんし、外部講師への講師代の手続きや学生からの質問の対応など、苦労は絶えません。
また学生をどのように指導すべきかも常に試行錯誤しています。始めた頃は私も勝手が分からず、学生のワークに介入しすぎたりもしましたし、ついつい私がアイデアを出したりもしてしまいました。年によって学生全体の雰囲気やグループの温度感も違うので、そこはいつも考えながら接しています。
-PBLでは学生にチームを組ませることになりますが、どのようにチームを組んでいますか?
チームは私が全て編成するのですが、実は学生にチームを組んでもらうのはプログラムの途中からになります。最初の方に外部講師のグループディスカッション講座などをいれて実際に学生にワークをしてもらうと、学生たちが大体どんな性格なのかがわかってきます。その様子を見て、中心になりそうな学生をまずはチーム分選んで、あとはランダムに他の学生を割り振っていく、という形ですね。中心人物がいればリーダーシップをとってくれますし、そこまで大きな問題になったことは今までありません。
-とはいえ、学生のモチベーションも様々だと思いますが途中で離脱してしまう学生などいませんか?
途中離脱者は全くいないかというとそうではありません。ただ、かなり少ない方だと思います。私が担当するようになってから5年しかやっていませんが、おそらく全体でも5%程度じゃないかと。
途中離脱が少ない理由は二つあると考えています。まず一つ目は元々やる気のある学生達が履修登録をしてきているから。二つ目は初回オリエンテーションの時にチーム活動について厳しく伝えているからです。普通の授業であれば欠席や離脱は本人だけの問題で済みますが、PBLの場合は他のメンバーにも迷惑がかかる。チームメンバーの為にもしっかりと責任感を持って取り組んでほしい、と伝えています。
-PBLの評価方法はどのようにしていますか?苦労されている先生も多いようです
先ほども申し上げましたがPBLはアウトプットのクオリティではなく、そのプロセスに本質があると考えています。したがって私は最終的なアウトプットの出来不出来によって成績をつけることはしません。基本的に成績評価は出席点での評価です。
個人個人のプロセスを評価してあげたい気持ちはあるのですが、例えばチームの中であまり発言しない学生でもその裏側で調査をしっかりやっていたりスライドを一生懸命作っているケースもある。熱心な学生達は授業外でも議論をしていますし私もそこまで追いきれない。なので、なかなか個人の評価が難しいというのは確かにPBLの課題の一つです。
ただ現状は、成績評価ではない方法で本人達の気づきを与えています。授業の最後に振り返りのコマを用意しているのですが、そこでは私がフィードバックするのではなく、学生間でフィードバックをし合います。そして他の学生からの振り返りを受けて、自分の半年の活動や体験を内省して落とし込む、という方法です。
PBLを大学の授業で行う上でのポイント
-ありがとうございます。ではPBLを大学内で実現するためのポイントを教えてください。
PBLで必要な要素は取り組むテーマと汎用的なスキルセット。この二つは最低限必要だと考えています。そしてできれば学外の方から提供してもらうのがいい。学生のやる気に火をつけるのはやはり学外の人が関わることなんです。私たち教員が言うよりも、学外の人から言ってもらった方が彼らはやる気になる。これは悩ましいポイントですが(笑)。
逆に教員が貢献できるのは場や機会の提供だと思っています。特に学生達がスムーズに取り組めるような段取りや教室の中の雰囲気作りには気を使っていますね。答えのない問いを考えさせる上で、私のアイデアをいうのではなく考え方の方向やヒントは提供し続ける。このさじ加減が教員の腕の見せ所です。
-PBLの教育効果や大学教育の中での位置付けはどのようにお考えでしょうか?
私の担当するキャリア探偵団に関して言えばまだサンプル数が少ないので検証はできません。ただやはりPBLに熱心に取り組む学生はいわゆる難関と言われる企業からも評価をいただき内定をもらっています。
これからの社会では答えのない問いに対して他者とのコラボレーションが重要になってきます。だから学生時代に体験活動はしておくのは意味があると考えています。
一方、大学は学問追求の場所であり、就職予備校ではないという批判もあります。ただ個人的にはこの説には思うところがあります。学生の圧倒的多数は民間企業に就職します。であれば、やはり企業や社会で求められるスキルを得られる授業もあってもいいのでは、と考えています。
それにPBLのように何らかの答えのない問いに対して仮説を立て、フィールドワークやデータを使いながら検証し探求していくという活動は、学問の基本的スタンスとも言えます。それを研究論文にするのが教授で、プレゼンテーションするのがビジネスパーソンなだけであって、やっていることは本質的には同じ。何より、自らの体験によって学んでいく楽しさを学生も感じているはずです。
-ありがとうございます。では最後に、今後の展望を教えてください。
まだ構想レベルでしかありませんが、今の産業社会学部だけの授業ではなくて全学部に開放した講座にしたらもっと創造性のあるプログラムになるんじゃないかなって考えています。カリキュラムの制約もあってなかなか難しいですが・・・。
あらゆる学部の学生が参加した方が多様性もあって参加学生の刺激もありますからね。
今年は試みのひとつとしてPBL授業の一部を全学に公開しました。一般学生に混じって他学部の体育会の学生も参加しています。スポーツクラブの学生は学業と運動の両立を目指しますが、競技レベルでは「全国制覇するぞ!」という目標を持ってやっている。しかし、単に声高のスローガンや精神性だけでは試合に勝てないこともわかっているようです。PBLで学ぶロジカルシンキングなども身につけながら、戦略的に練習や試合に臨んでほしいなと思い、今年から他学部の学生含めて授業に参加してもらっているんです。あまり経験したことのない授業で、彼らの刺激にもなっているようです。
正課の授業で全学に開放したPBL講座となると受け入れ人数も増やさなければならない。そうなった時にどのように学生をフォローしていくかが課題ですね。