1999年に中央教育審議会がキャリア教育の提唱をしたことが始まりとなり、国の政策としてキャリア教育は本格的に進められてきました。キャリア教育のスタートから今年で19年目となりますが、実はこの間に様々な課題も生じてきました。ここではこれまでのキャリア教育推進施策を振り返ると同時に、そこから生まれた課題とその対策についてわかりやすくまとめました。今後、より効果的なキャリア教育を進めるためにも現状の問題を把握することは大切です。
1.キャリア教育の課題とは?
・キャリア教育推進の歴史
今年で19年目を迎えるキャリア教育ですが、現在どのような課題を抱えているのかを知るためには、これまでどのような方針のもとキャリア教育が進められてきたのか理解する必要があります。キャリア教育が最初に提唱された1999年、中央教育審議会では「学校教育と職業生活との接続不足」を改善するため、「小学校段階から発達の段階に応じてキャリア教育を実施する必要がある」と提言しました。なぜこのような提言がされたのかと言うと、日本に生じている2つの大きな問題が関係しています。
1つ目は、雇用形態の変化、少子高齢化、グローバル化などに伴い、日本社会の構造が大きな転換期を迎えていることです。そして2つ目は、日本の子どもたちの学習に対する積極性が世界の中でも低く、働くことに対して不安を抱えたまま職業に就くことで社会に適応できていない若者が増え、その結果フリーターや若年無業者の増加につながったと考えられたことです。その上、若者の精神的・社会的自立が遅れる傾向があり、勤労観・職業観が未熟で、発達上の課題も指摘されました。特に若者の職業観や雇用問題に関して国は「深刻な現状と国家的課題」であると認識し、キャリア教育を推進してきたのです。
つまり、キャリア教育は「若年者の雇用や就業をめぐる問題を解決することの一環である」と位置付けられ、国が主導し進められてきました。しかし、その結果「フリーターや若年無業者の増加食い止めの対策」として誤解されることがしばしば起こり、小学校や中学校、そして進学校と言われるような高等学校においてキャリア教育の推進が遅れてしまいました。その他、ここで挙げた課題以外にもキャリア教育には改善しなければならない問題が発生しています。それについては次の項目で説明していきます。
・キャリア教育への課題
そもそも、キャリア教育とは2つの観点から成り立っています。1つ目は、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」というキャリア教育そのものの観点です。そして2つ目は、「一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育」の職業教育の観点です。キャリア教育の課題について、より深く理解するためには上記2つのそれぞれの観点における課題を知る必要があるのです。
そこで、まずは1つ目の「キャリア教育」の観点における課題をみていきましょう。「キャリア教育」については、その必要性や意義の理解が学校教育の中で高まってきており、実践の成果も徐々に上がってきています。しかし、現場ではキャリア発達を促す最も効果的な方法が「体験活動である」と言う認識が広がり、職場体験活動の実施をもってキャリア教育を行なったとする傾向が強くなってしまいました。確かに職場体験活動は、キャリア教育の観点では実際の経験を通して様々なことを学ぶことができるので、重要な実践方法ではあります。しかし、職場体験のみという特定の活動や指導方法のみに限定するのではなく、様々な教育活動を通してキャリア教育は実践されなければならないのです。キャリア教育に関する教員一人ひとりの受け止め方や、実践の内容・水準にばらつきがあることが課題として挙げられます。
・職業教育への課題
次に、キャリア教育の2つ目の観点である「職業教育」の面における課題をみていきましょう。職業教育を進める上で重要なことは、専門的な知識・技能の育成は学校教育のみで完成するものではなく、生涯学習の視点を踏まえ教育のあり方を考える必要があり、専門的な知識・技能は学校教育を終えた実社会でも身につけ、向上させていくことができるものだという点です。つまり、学校は地域や産業との関係性をより強化し、子どもたちが社会に出た後のことを見越した教育を実施する必要があるということなのです。
しかしながら現状、職業教育は学校内で完結するものとして教育課程を編成する傾向が強くなっています。また、職業教育の実践の差が学校ごとに大きくなっており、特に高等学校の普通科では社会・職業との関連が薄い教育課程が組まれているところが多くあることが課題となっています。このような点からも、教育内容及び教育方法を工夫する必要があるのです。
2.学校教育現場からみたキャリア教育の課題
子どもから若者へ成長する過程でキャリア教育は、発達の段階に合わせて現在教育現場で実施されています。そこで、今度はキャリア教育の課題についてそれぞれの教育段階(教育現場)ごとにみていくことにしましょう。
・中学、高校、大学におけるキャリア教育の課題
【中学校における課題】
中学校における課題は主に2つあります。1つ目は、「学び」と「将来の仕事」が結びついていないという点です。日本の中学生は「将来自分が望む仕事に就くために良い成績をとる必要がある」という質問に対する回答率が韓国、香港、シンガポール、アメリカ、イングランド、オーストラリアの中学生と比較して非常に低く、最下位です。また、「勉強すると日常生活に役立つ」という回答率も低く、学校での「学習」と「将来の仕事」との関係性があまり見えていないのです。2つ目の課題は、キャリア教育(進路指導)に対する保護者・生徒と教師の意識が違っているという点です。保護者・生徒が進路指導に最も期待することは「自分の個性や適性を考えること、理解する学習」ですが、教師側は「保護者の期待が進学先の選択やその合格可能性に偏重している」を認識し悩んでいるのです。
【高校における課題】
高校(全日制)におけるキャリア教育の課題は、普通科高校におけるインターンシップの実施が少ないという点です。現在改善されつつありますが、普通科高校の学生が在学中に実施して欲しかった体験活動について「インターンシップ」の回答率が最も多かったのです。
【大学における課題】
最後に、大学におけるキャリア教育の課題は、専門的な能力育成よりもまずは「自己分析」「基礎学力」「自ら考え自分の意見をまとめる力とそれを表現できる力」「自分のライフプランを考える力」の育成が必要だという点です。大学生が就職するにあたっての悩みの上位は「自己分析(志望動機・自己PR)」と「採用試験(面接・筆記)」に関わることです。しかし、大学のキャリアセンターや企業が学生に欠けていると感じていることは「粘り強さ」「チームワーク」「主体性」「コミュニケーション能力」「社会人基礎力」「基礎学力」などです。大学生の多くに多様な人々と仕事を進める上で必要な基礎的な能力や必要な文書力、思考力や口頭での表現力が不足しているのです。
・キャリアセンターからみた学生の課題
多くの大学では学生のキャリア・就職支援のために、キャリアセンターを設けています。キャリアセンターの職員は、卒業後の進路について様々な学生の相談窓口となっています。続いては多種多様な相談を受け、アドバイスをしているキャリアセンター側が感じている学生の課題についてみていきましょう。
就職支援活動を通して学生側に見られる問題・課題のうち最も多いのは、「エントリーシートの作成に必要な文章力が不足していること」「学生の思考力や口頭での表現が不足し、面接指導が難しいこと」という2点です。大学生の文章・口頭での表現力が不足しているのです。また、内定が得られる学生とそうでない学生を比較した場合、内定の得られる学生の優れている点は「自分なりの考えをまとめる力が優れている」「文章力や口頭での表現力など、基礎的な力が優れている」という回答が多くありました。ということは、社会が求めているのは「自己分析ができており、それを表現する力を備えていること」であり、大学生のそういった力を伸ばしていかなければいけないということが課題と言えます。
3.文部科学省はこの課題に対してどう取り組むのか
ここまで教育現場・学生が抱えるキャリア教育の課題についてまとめてきましたが、これらの課題を改善し、より良いキャリア教育を推進するためにはどうしたら良いのでしょうか。キャリア教育の舵取りとして政策を進めてきた文部科学省の取り組みをまとめます。
・教育課程への義務化
教育現場に見られるキャリア教育の課題の一つとして、「教員一人一人の受け止め方や、実践の内容・水準にばらつきがあること」「職業教育の実践の差が学校ごとに大きくなっていること」を挙げました。そして、今後このような課題を改善しキャリア教育を進めるために文部科学省は、「キャリア教育は、学校教育を構成するための理念と方向性を示す教育であり、そのねらいを実現させるためには、関連する様々な取組が各学校の教育課程に適切に位置付けられ、計画性と体系性を持って展開されることが必要である」と示しました。
また、「教育課程に適切に位置付けられる」ということは「教育課程における明確化・体系化を図りながら点検・改善していくことが求められる」というように述べており、今後はより具体的な基準が設けられ現場へ推進されていくことになるでしょう。
・キャリア教育を育むための授業や体験、教材の充実
それでは最後に、実際の教育現場ではこれからどのような授業展開をしていくことが求められているのかをまとめます。既にあげた様々な課題を解決し、今後キャリア教育を充実させるためには、次に挙げる3つの点を考慮し進めることが望ましいのではないでしょうか。
1つ目は、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる能力や態度を育成することです。2つ目は、キャリアを積み上げていく上で必要な知識などを教科・科目を通して理解させることです。そして3つ目は、卒業生・地域の職業人などのインタビューや対話、就業体験活動などの機会を十分に提供し、進路の研究、自己適性の理解、将来設計の具体化に役立たせることです。これら3つの点を充実させることで、生徒自らの価値観、勤労観、職業観の形成・確立へと導いていくことが求められています。
4.まとめ
時代の変化と共にキャリア教育に必要とされるものは変わっていきますが、それに伴い課題と今後の方向性を示すことが必要となります。キャリア教育の課題を今一度よく理解し、時代に合った教育内容を充実させ実践していくことが重要です。子どもや若者が将来明確な職業観と勤労観をもって社会に出られるようにキャリア教育の土壌を整えたいものです。
■参考資料
国立教育政策研究所 生徒指導・進路指導研究センター『これまでのキャリア教育推進施策の展開と課題』
文部科学省 キャリア教育・職業教育特別部会(第30回) 配付資料 『資料2‐2 今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(答申案)』
文部科学省 中央教育審議会答申『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について』<抜粋>
白鷗大学論集第31巻第1号 堀 眞由美 『キャリア教育の現状と課題』
雇用戦略対話ワーキンググループ 新潟大学教育学部・教授 附属長岡小学校・校長 松井賢二 『学校における「キャリア教育」の現状から考える』
ベネッセ教育総合研究所 キャリア教育・就職支援の現状と課題に関する調査 [2010年]『調査報告書 結果概要』