キャリア教育コラム

「知のプロフェッショナル」日本の将来の発展を担う大学院改革

更新日:2019/06/05

2011年以降、日本では大学院進学率が減少し続けています。少子高齢化による若者世代の人口減少に加えて、「院卒だからといって就職に有利になるとは限らない」「経済的負担が重い」などの理由で進学をためらう人が増えているためです。

 

従来の大学院教育では、限られた領域内を狭く深く学ぶ研究者の育成が重視されてきました。しかし従来の教育制度を続けているだけでは、科学技術の発展やグローバル化によって絶え間なく変化する世界に追いついていけなくなると危惧されています。

 

そのため文部科学省は、専攻の枠を超えた広い視野で研究を行い新しい知や価値を生み出す「知のプロフェッショナル」の育成に力を入れています。知をもって社会に変革をもたらし世界を牽引しうる博士人材を育てることで、日本の大学院教育がより濃密かつ魅力的になると期待されています。

 

知のプロフェッショナルとは

 

文部科学省の中央教育審議会大学分科会(中教審)は、高度な専門的知識と倫理観を基礎に自ら考え行動し、新たな知及びその知に基づく新たな価値を生み出して、既存の様々な枠を超えてグローバルに活躍できる人材「知のプロフェッショナル」を育成するための大学院改革を推進しています。

 

21世紀の日本では、情報技術・グローバル化の加速とともに少子高齢化・地域格差拡大といったさまざまな問題の深刻化が懸念されています。これらの困難を乗り越えて日本を発展させていくめには、高度な専門的知識と倫理観をもとに主体的に行動して新しい知や価値を生み出し、グローバルに活躍できる人材が必要となります。

 

知のプロフェッショナルは、研究者や教職者だけを指す言葉ではありません。例えば地域社会・企業の問題を解決したり、年齢・国籍・性別などのさまざまな枠を超えて人と人とのつながりを創造するなど、自らが持ちうる知をさまざまな形で活用する人材の総称です。

日本の教育環境の現状

 

日本では、少子高齢化による若年人口の減少とともに若者の博士離れが起こっています。中教審の発表によると2011年以降大学院生の数は減少傾向にあり、特に修士課程修了者の進学率が少なくなっています。こうした若者の博士離れの背景には、博士号取得後のキャリアパスの不安定さ・不透明さや進学後の重い経済的負担などがあります。

 

多くの大学・研究機関では、研究費削減や不安定な外部資金の増加といった経済的問題が発生しています。そのため、多くの若手研究者がポストドクター(博士号取得後の任期付き研究者)・特任助教などの不安定な有期雇用者として活動しています。生活費に相当する給与などを得ている博士課程学生は、全体の1割に過ぎません。

 

産学間の人材需給ミスマッチも、博士離れの大きな要因のひとつです。例えば大学の研究費の約3割を占めるライフサイエンス分野では、実験活動を行う若手人材数に対してバイオ産業界における基礎系研究者へのニーズが少なくなっています。民間企業は年齢の高い博士人材の採用に消極的であることが多く、高度な専門知識を持つ博士人材が待遇面でメリットを受けられないこともしばしばあります。

 

さらに大学院教育そのものが担当教員の研究範囲内で完結する狭い内容であることが多く、産業界からの評価や期待に関する認識が十分に共有されていないことが問題視されています。

加えて組織的・体系的教育の実施が難しく学生同士の交流や切磋琢磨の機会も少ない小規模専攻の増加や、教員1人当たりの学生数増加や教育研究以外の労務の増加などによる教員の負担増加も課題となっています。

 

比較・人口100万人当たりの博士号取得者数

2014年度における日本の博士号取得者数は人口100万人あたり118人となっており、主要国の中では中国(38人)に次いで少なくなっています。海外では特に欧米圏の取得者数が多くなっており、英国で353人、ドイツで348人、米国で272人となっています。

 

2008年度から2014年度(韓国は2017年度)にかけての博士号取得者数の変化に注目すると、日本のみ取得者数が減少していることがわかります。一方、韓国・英国・米国では取得者数が大きく伸びています。

 

専攻別では各国とも自然科学の割合が大きいですが、特に日本とドイツで自然科学の割合が大きくなっています。

大学院改革

知識社会化やグローバル化、そして労働力の流動化などを受けて、日本では1990年代から大学院制度についてさまざまな改革が行われてきました。

 

1991年の大学設置基準改正を受けて、基礎となる学部・学科組織を持たない独立専攻・独立研究科や学部組織を持たない独立大学院、複数の大学が共同で特定分野の研究科を設置する連合大学院などが生まれました。さらに、2003年にはロースクール(法科大学院)やビジネススクールといった専門職大学院が登場しました。

 

しかし、これらの大学院の質的水準は必ずしも十分とは言えませんでした。そこで文部科学省は2005年より大学院教育の実質化を進め、日本学術振興会の「博士課程教育リーディングプログラム」などによる先進的な取り組みを展開しています。

 

このプログラムは、最高学府に相応しい大学院の形成を推進する事業です。優秀な学生の俯瞰力・独創力やグローバルに活躍しうるリーダーシップを育て、国内外の第一級の教員・学生や産学官の連携力をもって専門分野の枠を超えた世界水準の学位プログラムを構築・展開するための支援を行います。

大学院教育改革の7つの基本的方向性

今後の大学院教育改革においては、大学院教育の実質化(教育課程の組織的展開の強化)を通じた体系的・組織的な大学院教育の推進を基本としつつ、これまでの大学院改革支援事業の成果を起点とする7つの基本的方向性が重視されます。

1.体系的・組織的な大学院教育の推進と学生の質の保証

研究科・専攻の枠にとらわれない幅広いコースワークから研究指導につながる教育課程の編成を促すとともに、入学者受け入れ・成績評価・修了認定の基準を厳しくすることで学生の質を保証します。

 

また博士論文の指導・審査システムを改善するための研究倫理教育の実施や、将来大学教員となる人材の教育スキルを伸ばすシステムの構築も重視されます。

2.産学官民の連携と社会人学び直しの促進

大学・企業・自治体が連携して教育課程を編成・実施し、大学院生の産学共同研究への参画や修士号を持つ優秀な社会人の博士号取得を促します。教育課程の編成段階から企業や自治体が参画することで、学生が多彩なキャリアパスを描く大きな助けになることが期待されます。

 

またリカレント教育に興味を持つ社会人のニーズを探り、産学官民連携によって研究環境を整備することで「学び直しに興味があるが、時間的・経済的問題などで踏み出せない」という社会人に良質な学びの機会を提供することも重要とされています。

3.専門職大学院の質の向上

国際的権威を持つアクレディテーション機関(教育機関が特定の基準を満たすかどうかを定期的に調査・評価し、教育の質を保証する機関)からの評価の受審を促進するなど制度そのものを検証したうえで速やかに見直しを行い、人材養成機能の抜本的強化を図ります。

 

またロースクールの組織見直しの促進や、教育の質の向上等の集中改革の必要性についても言及されています。

4.大学院修了者のキャリアパスの確保と進路の可視化の推進

大学院生のキャリアパスの多様化を目指して、企業などとの人的ネットワークなどを活用した様々なサポートを実施します。例えば多様なインターンシップ先の紹介、企業の人事担当者との継続的な情報交換の場の設置などの取り組みが有効と考えられます。

 

企業側にとっても、大学院と連携しながら長期間にわたって学生の特性・実力を見極めることで雇用ミスマッチのリスクを減らし、確実に優秀な人材を得る機会となることが期待されています。

5.世界市場から優秀な高度人材を惹き付けるための環境整備

国内の若年人口が減少している現在、大学院における研究の質を高めつつ国際的競争力も高めるためには優秀な海外人材の受け入れに力を入れる必要があります。

 

各大学院においては、英語のみでの修了に対応したコースの設置や学生・教職員の国際交流推進、外国人留学生の日本企業への就職支援、海外のサテライトキャンパス・オフィスの整備などの推進が求められています。

6.教育の質を向上するための規模の確保と機能別分化の推進

教育の質の低下や入学者の質の低下を防ぎ、専攻分野と学術研究・産業分野の間の人材ミスマッチを解消するため、受け入れ学生数の柔軟な見直しが求められています。同様に小規模専攻の在り方についても見直しを行い、必要に応じて専攻の再編・統廃合を行う必要があります。

 

学生の質を一定の水準以上に保ち、また教員組織と教育組織を分離することで、教員が教育・研究活動に専念しやすくなります。教員の負担を軽減し労働環境を良くすることで、教育の質の向上につながると期待されます。

7. 博士課程(後期)学生の処遇の改善

米国の大学院では、博士課程の学生はTA(ティーチングアシスタント)・RA(リサーチアシスタント)として雇用され生活費相当の給与を得られる仕組みが整っています。彼らは学生であるとともに研究者として認められており、知のプロフェッショナルとしての地位を確立しています。

 

海外の例に倣って日本でも学生・教育関係者・行政関係者が意識改革を行い、フェローシップや研究プロジェクトからの給与といった経済的支援制度を整備することが求められています。

卓越大学院プログラム

日本学術振興会は2018年に卓越大学院プログラム委員会を設置し、卓越大学院プログラム事業に関する審査・評価を行っています。同事業は諸産業・社会を牽引する博士人材を育成し人材交流・共同研究のハブとなる卓越大学院(仮称)の形成を目指すものであり、大学院教育改革の7つの基本的方向性とともに重視されています。

 

同事業では、各大学が国内外の大学・研究機関・民間企業と連携し、世界水準の教育力・研究力をもって博士課程学位プログラム(5年間)を構築するための支援を行っており、各大学独自の取り組み・実績を踏まえて取り組むことが求められています。

 

卓越大学院の研究内容としては、国際的優位性・卓越性を示している領域(医療・生命科学など)や新産業の創出・世界的学術の多様性確保に貢献しうる領域(工学・情報科学など)などが期待されています。

 

2018年度には38大学から54件のプログラム申請があり、うち13大学15件が採択されました。採択されたプログラムの例として、東京大学の「生命科学技術国際卓越大学院プログラム」や京都大学の「先端光・電子デバイス創成学」、東北大学の「未来型医療創造卓越大学院プログラム」などが挙げられます。

知のプロフェッショナルを育成し、日本の発展に貢献する未来の大学院

 

教育界では小学校からのプログラミング教育開始やアクティブラーニングの推進といったさまざまな教育改革が進められていますが、大学院もまた大きな変革の時期を迎えています。これからの大学院では、幅広い知識をもって新しい知や価値を生み出し産業界・社会を牽引する能力を備えた知のプロフェッショナルの育成が重視されます。

 

そしてその実現のため、大学院教育改革の一環として産学官民の連携やリカレント教育課程の整備などのさまざまな取り組みが進められています。教育の質的水準の保持や教員の負担軽減を図り、また大学と産業界・地域社会の垣根を下げて「開かれた大学院」を形成することで、国内外の優秀な学士・修士人材の確保につなげる狙いがあります。

 

■参考
文部科学省「未来を牽引する大学院教育改革 」
科学技術・学術政策研究所「学位取得者の国際比較」

・日本学術振興会
「卓越大学院プログラム」
「プログラム一覧」

文部科学省高等教育局大学振興課大学改革推進室「卓越大学院プログラムQ&A」

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部