学校を卒業して社会人として活躍するためには、それぞれの専門分野とともに社会で求められる能力を身につける必要があります。しかし、多くの企業現場では「言われたことしかできない」「報連相ができておらずチームプレーがうまくいかない」などと若手人材に対する不満が挙がっています。
働き方のさらなる多様化や人生100年時代の到来を迎えるであろうこれからの社会を今の若者世代が生き抜くためには、良い成績をとり就職を成功させるためだけの学びでなく自らのキャリアを主体的に作り仕事も含めた人生そのものを豊かにするための学びが必要となります。こうしたニーズを満たすためには、今回のテーマである社会人基礎力を育てることが重要です。
社会人基礎力とは
2006年に経済産業省が提唱した社会人基礎力は「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」を指し、「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力・12の能力要素から構成されています。
人生100年時代や第4次産業革命を迎えつつある現代において、社会人基礎力はその重要性を増すとともに新たな視点・切り口が求められるようになりました。2017年には、今後ますます長くなるであろう個人と社会の関わりの中で生涯活躍し続けるために必要な力として「人生100年時代の社会人基礎力」が定義されました。
人生100年時代の社会人基礎力では、3つの能力・12の能力要素を内容としつつ自己認識とリフレクション(振り返り)を通して目的・学び・統合のバランスを図ることで、能力を発揮しキャリアを切り拓くのに役立つことが期待されています。
働き方改革 生き方や働き方の変化
90年代以降、IT技術の進化や市場ニーズの多様化などによってビジネス環境は大きく変化しました。また、家庭・社会における人間関係の希薄化や大学進学率の上昇によって教育環境も変わりました。
こうした変化を受けて多くの企業では過去の成功モデルをまねるだけでなく新しい価値を創造する必要が生じ、新しい価値・サービスの創出に役立つ能力や多様な人々とコミュニケーションをとり協力する能力などを備えた人材が求められるようになりました。
また、国内では雇用の流動化や働き方の多様化によって仕事と生活の完全な分離が難しくなってきています。これまで主流だったWork for Life(仕事=生活の手段)という価値観は、次第にWork as Life(生きること=仕事・生活)に変わりつつあります。
社会人基礎力を伸ばすことで仕事と仕事以外の活動の両方が豊かになり、Work as Life社会における人生の充実につながるでしょう。
社会人基礎力を構成する3つの能力と12の要素
社会人基礎を構成する3要素「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」は、合わせて12の要素によって成り立っています。
考え抜く力(シンキング)
考え抜く力は、現状に対して疑問を持つ力やその疑問について考え抜き課題を解決する力をです。
課題発見力
現状を分析し、目的や課題を明らかにする力です。課題発見力には、ただ課題を見つけるだけでなく「現状ではこういう課題があるので解決すべきである」と周囲に向けて発信する力も含まれます。
計画力
課題解決において満たすべき条件や自分の力量・周囲の状況などを広い視点で捉え、確実に課題解決できるようスケジュールや工程を決定する力です。
創造力
既存の価値観や概念にとらわれずにさまざまな情報や人脈の中からアイデアを取捨選択して組み合わせ、独りよがりな思い込みではなく客観的事実を踏まえながら新しい価値を生み出します。
前に踏み出す力(アクション)
前に踏み出す力は、現状から一歩前に踏み出して行動する力や失敗しても粘り強く取り組む力を指します。
主体性
他者からの指示待ちや周囲に流されて受動的に動くのではなく、自ら積極的に物事に取り組む力です。現状を冷静に分析して自分がするべきことを見極め、その目標に向かって行動します。
働きかけ力
行動を起こすために他人に働きかけ、周囲を巻き込む力です。他人にしてほしいことだけを一方的に指示するのではなく行動の目的を明らかにし自ら行動して見せることで周囲のモチベーションを上げ、周囲と協力して目標達成に向かいます。
実行力
やみくもに動いたり自分ができることだけをしたりするのではなく、少しだけ高い目標を設定する→経験・知識を活かして工夫する→目標達成後はさらに高い目標を設定する、あるいは失敗を次回に活かすことを繰り返して、実行力を伸ばしていきます。
チームで働く力(チームワーク)
チームで働く力は、多様な人々とともに目標に向けて協力する力を指します。
発信力
自分の意見を他人に押し付けるのではなく、伝えたいことをわかりやすく整理し相手の理解度に合わせた表現を使うことが大切です。会話やプレゼンテーションはもちろん、メール・文書・SNSなどの文字によるコミュニケーションにおいても発信力は重要です。
傾聴力
会話中に適度に相槌を打ったり必要に応じて質問したりして、相手が話しやすい雰囲気を作ります。いわゆる「聞き上手」を目指すことで、傾聴力を高めることができるでしょう。
柔軟性
自分と異なる意見を頭ごなしに否定せず、一旦相手の立場・考え方を理解したうえで上手に折り合いをつけることが重要です。これからのグローバル社会において、柔軟性は特に重視される能力のひとつと言えるでしょう。
情況把握力
自分自身と周囲の人・ものとの関係性を理解する力です。自分の役割だけにこだわらず常に周囲の様子を観察し、誰かが困っていれば自分の強みを活かして積極的に協力することで、チーム全体の仕事が円滑に進み自らの能力を伸ばしやすくなるでしょう。
規律性
いわゆる一般常識やマナーに相当するスキルであり、他人に迷惑をかけないよう状況に合わせて自分の言動を律することを指します。
ストレスコントロール力
失敗すると誰でも落ち込むものですが、ネガティブな気持ちを引きずらず上手に気持ちを切り替え失敗から学ぶことが重要です。むやみにストレスを我慢するのではなくストレスをうまくかわす訓練をすることで、ストレスコントロール力が鍛えられるでしょう。
大学における社会人基礎力の育成の必要性
近年、多くの企業現場で若手社員への不満の声が上がっています。指示されたことしかせず自分で考えようとしない人や、チームワーク力がなく報連相ができない人などが増えたと言われています。
若者の社会人基礎力低下の一因として、社会構造の変化が挙げられます。核家族化・少子化によって家庭内コミュニケーションが希薄になり、さらに近所の人との触れ合いが減ったことで地域教育力も低下しています。
また、これまでの学校教育には自ら考える力が育ちにくいというデメリットがありました。教師から学生・生徒へ一方向的に知識を受け渡すことや定められた公式・暗記項目などを用いて問題を正確に解くことが重視され、答えのない問題について自分で考える機会はそれほど多くありませんでした。
これらの問題を解決し社会で求められる力を持った人材を育てるため、大学における社会人基礎力育成へのニーズが高まっています。
社会人基礎力育成グランプリ
一般社団法人社会人基礎力協議会は、人生100年時代の社会人基礎力の研究・普及を目的としてさまざまな活動を推進しています。協議会が毎年開催している社会人基礎力育成グランプリは、学生生活における活動を通して社会人基礎力がどれだけ身に付いたかを競う大会です。
参加者は学生と担当教員でチームを組み、社会人基礎力育成につながる大学の取り組み(講義・ゼミなど)について発表します。社会人基礎力の3能力(前に踏み出す力・考え抜く力・チームで働く力)がどれだけ成長したか、 大学でどれだけ深く一般教養や専門知識を学んだかが審査項目となります。
受賞大学
2018年度の社会人基礎力育成グランプリ全国決勝大会において、大賞・準大賞を獲得した大学の発表内容を紹介します。
大賞「文通による不登校支援~Let’sアナログマジック~」(創価女子短期大学)
創価女子短期大学では、不登校生支援の一環として文通による支援活動を実施しました。
現在、国内には病気や経済的理由以外の事情を抱えた不登校生が約18万人以上いると言われています。SNSが普及している現代に文通という温かみのあるツールを用いることで不登校生たちに安心感を持ってもらい、他者との交流のきっかけを増やせると考えました。同時に、文通を通して学生側が不登校への理解を深めるねらいもあります。
準大賞「地域ファンドによる資産形成と地域活性化を結び付けるプロジェクト」(松山大学)
松山大学経済学部経済学科は、人口減少が進む地元・四国において持続可能な社会と若い世代の資産形成を達成するべく地域ファンドを長期・積立投資の非課税制度や年金制度と組み合わせることに着目しました。
金融機関訪問や県議員へのインタビューなどを通して多くの課題に直面したものの、チーム内で協力して解決に取り組みました。これまで自発的に取り組む機会が少なかったメンバーにとって、この活動は大きな成長のきっかけとなりました。
準大賞「地域振興支援に挑戦するTEZUcafe(学生レストラン)4期生~最終章 歴史からの挑戦~」(帝塚山大学)
帝塚山大学現代生活学部食物栄養学科では、五條市と提携して学生レストラン「TEZUcafe」に取り組みました。
2018年度は「待ちの経営」から脱却して営業エリアを広げるために、五條市の歴史に着目して活動しました。同市ゆかりの大塔宮護良親王にちなんだ「大塔カレー」の商店街販売や、幕末に活躍した天誅組をモチーフとした新商品「てんちゅうグミ」の開発などに着手しました。
社会人基礎力を鍛えることで、豊かな人生と社会の発展を実現する
現在多くの企業現場では若手社員への不満の声が挙がっていますが、その一因として社会構造の変化や従来の教育手法がもとで若者の社会人基礎力が伸びにくくなっていることが挙げられます。
刻々と変わりゆくこれからの社会において多様な人々と関わりながら仕事で成果を挙げ、人生100年時代においてそれぞれのライフステージを有意義なものにするためには、前に踏み出す力・考え抜く力・チームで働く力を伸ばすことで社会人基礎力を育てる必要があります。
多くの大学では、学生の社会人基礎力を伸ばすことを目指した教育が進められています。その一環として実施されている社会人基礎力育成グランプリでは、大学生の社会人基礎力育成に役立つと同時にさまざまな社会問題の解決につながる学習活動が注目されています。
■参考
経済産業省
「社会人基礎力」
「『人生100年時代』を踏まえた『社会人基礎力』の見直しについて」
一般社団法人 社会人基礎力協議会 〜人生100年時代の社会人基礎力〜
2019 年度 人生 100 年時代の社会人基礎力育成グランプリ