この記事では、日本ではまだあまり知られていないイエナプラン教育について取り上げます。幅広い年齢の子どもたちが同じクラスになり、また学習計画を子どもたち自身が作るイエナプラン教育は、日本の教育手法と大きく異なっています。
これからのグローバル化社会では、一人ひとりがお互いの多様性を認め合いながら高い意欲と自律心を持って行動することが求められます。イエナプラン教育は、未来の日本を支える人材に欠かせないスキルを伸ばす教育手法として注目されています。
イエナプラン教育とは
イエナプラン教育は、ドイツにあるイエナ大学の教授だったペーター・ペーターゼンが創始したオープンモデル型の学校教育です。子どもたちを異年齢の「根幹グループ(ファミリー・グループ)」に分けてクラスを編成し、子どもたち一人ひとりを尊重しながら自律と共生を育てることを重視します。
イエナプラン教育の概要
日本における学校教育の特徴として、「同学年の子どもたちで構成されるクラス」「カリキュラムの基本は一斉授業」「集団の輪を大切にし、平等教育を重んじる」「教室では定められた席に座り、時々席替えが行われる」などがあります。
これに対して、オランダを中心に世界各国で実施されているイエナプラン教育には以下のような特徴があります。
異年齢による学級構成
イエナプラン教育では、ひとつのグループ(学級)は2学年または3学年にわたる子どもたちで構成されます。各グループは根幹グループと呼ばれ、学級担任はグループリーダーと呼ばれます。
毎年学年が変わるごとに年長の子どもが次のグループに進級し、年少の子どもがグループに新しく加わります。原則として、グループリーダーの交代はありません。
4つの基本活動
学校では、教科別の時間割ではなく対話・遊び・仕事(学習)・催しの4つの基本活動を循環的に行います。
対話は、グループリーダーも含めたグループ全員が円形に座りさまざまなテーマについて話し合うサークル対話形式で行われます。教室の前に出て発言するスタイルと比べて、引っ込み思案な子どもでもリラックスして話しやすいというメリットがあります。
仕事(学習)は、自律学習(子どもたちが自身の興味・関心や得意・不得意を考慮しながら、自分で時間割を作る)と共同学習の2種類があります。学年や学習内容の理解度は一人ひとり異なるので、子ども同士でわからない所を教えあったりするのは日常茶飯事です。
遊びは、企画された遊びや自由遊びなどのさまざまな形態があります。音楽に合わせて動きながら感情表現を豊かにしたり、ゲームや演劇作りを通して教育効果を得たりするねらいがあります。
催しは週の始めや終わりの会、年中行事、教員や生徒の誕生日などに行われ、さまざまな感情を共有することで共同体意識が育ちやすくなります。楽しい・嬉しいといったプラスの感情だけでなく、悲しみなどのマイナスの感情を共有することにも大きな意義があると考えられています。
教室=リビングルーム
イエナプラン教育において教室は「リビングルーム」と呼ばれ、快適に学べる環境を子どもたち自身が整えていく場と考えられています。
日本の一般的な教室では、黒板に向かって一人ひとりの席が整然と並べられています。一方リビングルームにはいくつかの数人がけテーブルや長いベンチなどがあり、子どもたちは好きな場所に座ることができます。
ワールドオリエンテーション
イエナプラン教育では、理科や社会科の代わりにワールドオリエンテーション(総合学習)を行います。全校共通テーマをもとに各グループにふさわしいテーマを定め、子どもたちはそのテーマに沿って学習を進めます。
ワールドオリエンテーションは基本的にプロジェクト形式で行われ、子どもたちは観察・実験や文献・インタビュー調査などを通じて教科の壁を越えた知識を身につけます。
学習計画は基本的に子どもたち自身が作り、グループリーダーは子どもたちの学びを助けるファシリテーターの役割を担います。日本でも実施されているPBL(課題解決型学習)に近い学習方法と言えるでしょう。
以下は、循環的に取り上げられる全校共通テーマ「7つの経験領域」の一覧です。
・作ることと使うこと(労働、消費、持続可能性)
・環境と地形(人の棲息(せいそく)、植物・動物の棲息、住まいとしての地球・宇宙・環境)
・巡る1年(1年の中の月日、お祝いや催し、学校の1年)
・技術(建設、機械と道具、大きなシステム、原料とエネルギー、技術の使い方)
・コミュニケーション(他者、自然、他国の人)
・共に生きる(社会に帰属する、共に生きるために、共にひとつの世界を)
・私の人生(私、人々、大人たち)
健常者と障がい者が共に学ぶ
包括的な教育を目指すイエナプラン教育では、子どもたちの集団をできる限りありのままの社会の反映として捉え構成することを重視しています。そのため特別な配慮を要する障がい者を積極的に受け入れ、障がいの有無に関係なく子どもたち一人ひとりが自身の個性を活かして助け合い学び合える場を作っています。
オランダにおけるイエナプラン教育の状況
オランダにおけるイエナプラン教育の普及率は発祥地であるドイツよりも高く、2000年代には国内200校(全体の約3%)でイエナプラン教育が導入されています。
第二次大戦後のオランダでは民主主義が発展し、1960年代に初めて新しい市民教育としてイエナプラン教育が取り入れられました。オランダ憲法では教育の自由が保障されており、各教育機関ではさまざまな教育手法を自由に取り入れることができます。
またオランダでは1970年代以降多くの難民・移民を受け入れているため、子どもたちの多様性を認めるイエナプラン教育が浸透しやすかったと考えられます。
イエナプラン教育の20原則
1992年、K・ボットとK・フロイデンヒルによってイエナプラン教育の20のコンセプトが定められました。これらのコンセプトは、「人間について」「社会について」「学校について」の3つのカテゴリに大きく分かれています。
次に、イエナプラン20原則を要約します。
人間について
イエナプラン教育において、すべての人は以下のような価値や権利を持つと定義されています。
・他の人やものと取り替えられない、かけがえのない価値
・人種・国籍・性別・宗教・障がいの有無などに関係なく、自分らしく成長する権利(誰からも影響されず独立すること、創造的な態度と自分で物事を判断する意志を持つこと、そして人と人との関係について正しいものを求めることを前提とする)
・自分らしく成長するために必要な自身と他者との特別な関係、及び自然や文化の中で実際に感じたり触れたりできるものや現実であると認められるものと自身との特別な関係
・独特の人格を持つ人間として受け入れられ、できる限りそれに応じた待遇を受ける権利
・文化の担い手及び改革者として受け入れられ、できる限りそれに応じた待遇を受ける権利
社会について
イエナプラン教育において、わたしたちは以下のような社会を作っていかなければならないとされています。
・一人ひとりが持つかけがえのない価値を尊重しあう社会
・一人ひとりのアイデンティティを育てる場や、そのための刺激が与えられる社会
・公正と平和と建設性を高めるという立場から、一人ひとりの違いや成長・変化を受け入れる社会
・地球と世界を大事にし、注意深く守っていく社会
・未来のために、一人ひとりが責任を持って自然や文化の恵みを享受する社会
学校について
イエナプラン教育では、学校及び学校の教育活動について以下のように定義しています。
・学校はそこに関わる全ての人にとって独立した組織であるとともに共同で作る組織であり、社会からの影響を受けながら社会に対して影響を与えるものである。
・学校で働く大人たちは、「人間について」「社会について」(上述)で定める原則を子どもたちの学びの出発点として仕事をする。
・学校教育の内容は、子どもたちが実際に生きている暮らしの世界、知識や感情から得られる経験の世界、そして「人々」と「社会」の発展にとって大切な手段とされる文化の恵みから引き出される。
・学校では、教育学的によく考えられた道具と環境を用いて教育活動を行う。
・学校では、対話・遊び・仕事(学習)・催しという4つの基本的な活動が交互にリズミカルに現れる形で教育活動を行う。
・学校では、子どもたちがお互いに学びあい助け合えるよう年齢や発達程度に違いがある子どもたちを慎重に検討してグループを作る。
・学校では子どもが一人でできる遊びとグループリーダーが指示・指導する学習がお互いに補いあうよう交互に行われ、そのどちらにおいても子ども自身の学習意欲が重視される。
・学校では、学習の基本である経験・発見・探究などとともにワールドオリエンテーション活動が重視される。
・学校では、できるだけそれぞれの子どもの成長の過程がどうであるかという観点から子どもの行動や成績を評価する。また、評価は子どもたち一人ひとりと話し合う形で行われる。
・学校では、日常的に何かを変化・改善させるために行動し続けなければならない。そのためにはいつでも実際にやってみることと、それについてよく考えることを交互に繰り返す態度を持つ必要がある。
イエナプラン教育の対象年齢
ペーターゼンは、6才〜15才の子どもを対象とした幼稚園・学校・特殊教育でイエナプラン教育を実施しました。現在のイエナプラン教育では、通常4~6歳・6~9歳・9~12歳の3つのグループに分かれて活動します。
子どもたちはひとつのグループの中で年少・年中・年長の立場を経験し、年齢の違う子どもたちと教えあい学びあいながら経験を積んでいきます。同学年の子どもだけのグループと比べて過度な競争意識や同調圧力が生まれにくく、お互いの違いを受け入れやすいこともメリットです。
国内でのイエナプラン教育の導入事例
日本国内におけるイエナプラン教育の歴史はまだ浅く、2000年代に入ってから少しずつイエナプラン教育への関心が高まりはじめました。2010年には日本イエナプラン教育協会が設立され、2016年にイエナプラン教育について深く学び実践につなげるための全国大会が実施されました。
2019年10月現在国内で実施されているイエナプラン教育導入事例及び導入予定事例について、以下に解説します。
学校法人 茂来学園 大日向小学校
2019年4月に長野県南佐久郡佐久穂町に開校した大日向小学校は、国内初のイエナプランスクール認定校です。「誰もが、豊かに、そして幸せに生きることのできる世界」をコンセプトとし、イエナプラン教育に日本教育ならではの良さを取り入れた独自の教育を実施しています。
校内にはグループ作業に適した場所やひとりで静かに学べる場所などがあり、あちこちに子どもたちの好奇心を刺激し興味・関心を高めるための仕掛けが施されています。
校内の大日向食堂では、地元産食材を使ったバイキング形式の学校ごはん(給食)を提供しています。子どもたちは自分が食べられる量を自ら見極め責任を持って食べきることを学びながら、食に対する知識や関心を高めます。また子どもたちと同じ献立のランチを地域住民にも提供し、地域交流の場としても機能しています。
広島県福山市(開校予定)
福山市は、2022年度に官民協力によってイエナプラン教育校を創設する意向を明らかにしています。千年小中一貫教育校(仮称)の新設に伴って閉校となる常石小学校の施設が、イエナプラン教育校として活用される予定です。
準備期間となる2019年度は常石小学校の教育活動の一部を異年齢集団(1~3年生と4~6年生)で実施し、移行期間となる2020年度は1~3年生の全教育活動を異年齢集団で実施する予定です。
福山市はイエナプラン教育校開校後に同校の教育実践内容を検証し、全市に展開していくことを明らかにしています。
異年齢集団の中で多様な学びを実現するイエナプラン教育
ドイツで生まれオランダで発展したイエナプラン教育は、子どもたちが自ら考え行動することを重視する教育手法です。幅広い年齢の子どもたちからなるグループでは、お互いの違いを受け入れるとともに一人ひとりの個性や長所を活かして自然に助け合い学び合う風土が生まれます。
現代の教育環境下では、過度な競争意識や同調圧力に疲れて心身の健康を損ねる子どもも少なくありません。こうした日本の教育のデメリットを補い子どもたちにあらゆる可能性を提供する教育として、イエナプラン教育は大きなポテンシャルを秘めています。
■参考
・日本イエナプラン教育協会
・学校法人 茂来学園 大日向小学校