キャリア教育コラム

ポートフォリオ教育で生徒の可能性を引き出す!構築方法と評価制度

更新日:2018/09/10

時々、勉強は不得意なものの勉強以外の物事に高い才能を発揮する人がいます。例えば他の人が考え付かないようなアイデアをどんどん出して問題を解決する、高いリーダーシップを発揮して多くの人をまとめるといった具合です。このようにテストの点数や偏差値だけで評価しきれない能力を正確に評価する方法として、ポートフォリオ教育が注目されています。

今回はポートフォリオ教育の概要と実際の教育現場での導入例、そしてポートフォリオ教育が抱える課題について解説します。これからポートフォリオ教育を導入したい場合はもちろん、ポートフォリオ教育を導入したものの思うように効果が得られない場合もぜひ参考にしてみてください。

ポートフォリオ教育とは

テストの点数や偏差値だけでその人を正確に評価することは難しいものです。日々の勉強の成果だけでなく、文化祭などの学校行事や課外活動といった有意義な活動の様子も評価に加え、その人の能力をより正確に評価することを目的に、それらの活動をポートフォリオに記録していく手法をポートフォリオ教育といいます。このポートフォリオは株式の分散投資の意味ではなく、デザイナーなどが作る作品集に近い意味を持ち、明確に数値化もしくは言語化しにくい要素を評価するのに役立ちます。

教育現場におけるポートフォリオの形式はさまざまですが、ある事例では観察ノート、図表、小論文の提出を生徒に義務付けています。例えば観察ノートではわかりやすさや重要な点がきちんと含まれているかどうか、図表では表示の正確さやパターンの示し方などを評価基準としています。生徒はまず「優れている・満足のいく状態・改善を要する」の3段階で自己評価し、その後教員による評価と比較しながら自身の学習を振り返ります。

ポートフォリオ教育のメリット

ポートフォリオ教育には、従来型の学習・評価方法にはない以下のようなメリットがあります。

1.過程・プロセスを評価するので、その人本来の能力を把握しやすい

従来型の評価方法では、テストの点数や提出物の完成度といった学習の成果をおもな評価基準とします。評価基準がわかりやすいという長所はありますが、学習の成果だけを見て生徒を100%正確に評価できるとは限りません。たとえば、普段は数学が得意なもののテストの日はたまたま体調が悪かったためにいつものように問題が解けず、テストの点数が下がってしまうといったことも起こり得ます。もしこのテストの結果だけで評価が決まるとしたら、その人が本来持っている数学の能力にそぐわない成績をつけられてしまうでしょう。

一方、ポートフォリオ教育では結果を出すまでの過程やプロセスが評価されます。定期テストのような一発勝負ではなく日々の学習態度や生徒自身による自己評価の正確さなども含めて評価するため、勉強の出来不出来だけでなく生徒が本来持っている能力や特性を評価するのに役立ちます。

2.学習方法や成果をこまめに確認できる

ポートフォリオ教育では、一般的な定期テストよりも高い頻度で提出物を作ります。教員は、提出物によって生徒一人ひとりの学習内容への理解度や学習方法をこまめに確認することができます。必要に応じてその生徒に合ったアドバイスを行うことで、生徒が学びを深めるための手助けをすることもできます。

ポートフォリオの形式によっては、生徒が学習についてわからないことや不安なことを提出物に記入して教員に相談することもできます。教員からアドバイスをもらうことで生徒は安心感を得ることができ、今後の学習を進めやすくなるでしょう。ポートフォリオを見返すことで自身がどのように学習に取り組んできたか、問題に対してどのように改善してきたかを確認し、新たな学びのヒントを見つける手がかりとして役立てることも可能です。

3.ポートフォリオの作成そのものが学びとなる

ポートフォリオの作成を通して、自身を省みて良い点や改善点を見つける力を育てることができます。まず自己評価を行い、その後教員から評価してもらうことで、どれだけ正しく客観的に自己評価できているか確認することができます。ポートフォリオを取り入れたカリキュラムを複数体験すれば、複数の教員によるより客観的な評価を知るのにも役立つでしょう。

ポートフォリオ教育によって、自分の能力や考えを示す根拠を揃えて自己アピールする力も身につきやすくなります。自己アピール能力が高ければ、就職活動はもちろん社会人になった後も仲間と協力して課題を解決したり新たなビジネスチャンスを掴んだりするのに役立つでしょう。

東大・京大の推薦入試にも活用

国内の大学でも、テストの点数だけでは評価しきれない総合評価の高い学生が求められつつあります。例えば東京大学や京都大学の推薦入試では、提出書類の一環として学習状況を明らかにする書類を提出します。この書類には学習活動とともに学内活動や課外活動、各種コンテスト、コンクール、資格、検定、段位などの記録を記入するよう定められており、必要に応じて添付資料を提出します。この書類と添付資料のセットが、実質的なポートフォリオに相当します。

ポートフォリオ教育の導入

教育現場では、どのような点に留意してポートフォリオ教育を取り入れた学習環境を構築すればよいのでしょうか。教育現場における具体的な導入事例を紹介する前に、ポートフォリオ教育導入の趣旨や課題点について解説します。

高校・大学におけるポートフォリオ教育の導入趣旨

「生きる力」を重視した文部科学省の学習指導要領に合わせて、すでに多くの小中学校ではポートフォリオが学びに活用されてきました。しかし、高校でポートフォリオ教育が盛んになり始めたのはつい最近になってからです。その理由は、多くの大学の入試において学力試験の成績が重視されていたためです。

近年は東京大学や京都大学以外にも推薦入試を重視する大学が増え、一般入試においても学力試験だけではわからない個人の能力を評価しようという動きが高まってきました。こうした時代の流れに対応し、社会で通用する人材になるために生きる力を学ぶべく、高校や大学でもポートフォリオ教育への期待が高まっています。

課題① 評価の難しさ

ポートフォリオ教育では、テストの点数や偏差値といったわかりやすい数値ばかりに頼って評価することができません。教員側がポートフォリオ教育に慣れていない場合、ポートフォリオを通してどう評価していいか迷ってしまうこともあります。教師が生徒にポートフォリオの意義や有用性を明確に示すことができなければ、生徒のモチベーションも上がりにくくなるでしょう。

課題② 生徒への負担

ポートフォリオの作成に手間がかかりすぎると、生徒にかかる学習の負担が増える恐れがあります。ポートフォリオは学習の内容などをこまめに記録し続けるものなので、特に記録作業が苦手な生徒は負担に感じてしまうこともあるでしょう。生徒がポートフォリオ教育の本質を理解しないまま漫然とポートフォリオを作り続けていても学びへのモチベーションを維持しづらく、思うように学習効果を得られなくなるでしょう。

課題③ 教師への負担

すでに過密なスケジュールを抱えている多くの教師にとって、ポートフォリオを取り入れた新しいカリキュラムを組み生徒一人ひとりの状況に合わせてコメントを書く手間は大きなものになる場合があります。教師や教育機関がポートフォリオ教育の本質を理解しないまま授業を進めてしまうと、ただコメントを返し続けるだけになってしまい生徒の能力を引き出しにくくなるでしょう。

ポートフォリオ教育の導入事例

ここでは大学・高校におけるポートフォリオ教育の導入事例を2つご紹介します。

広尾学園

広尾学園は、全国で唯一男女各1名の東大推薦合格者を輩出した中高一貫校です。この2名はいずれも、テストの成績やコンテストなどの受賞経験ではなく日々の研究のプロセスを表現することで東大に合格しています。従来型の授業だけでなく生徒一人ひとりの独創的な研究を重視し、その研究の結果だけでなくプロセスを評価する独特な教育環境が広尾学園の特徴です。

広尾学園の医進・サイエンスコースでは、SNS型eポートフォリオを使ったポートフォリオ教育を行っています。生徒は活動の記録をSNS上で公開し、教員や他の生徒に向けて自由に発信します。画像や動画を投稿することで、文章だけのポートフォリオよりも高いリアリティを持たせることができます。各投稿のコメント欄では、生徒同士の活発な交流も生まれています。

三重大学

三重大学では、人工知能による自動コメント返信機能などを搭載した独自のポートフォリオシステムが開発されました。日々の学習活動の中で作成したポートフォリオを就職活動用エントリーシートの作成に役立てるため、プロフィール項目を作成してポートフォリオとエントリーシート作成画面を連動できるシステムもあります。

このシステムを学生に広く利用してもらうために大学HP上で使用方法を動画で説明し、「Twitterと同じような感覚で使ってほしい」と呼びかけています。また、教員に対しても講義の中でポートフォリオの作成につながりやすい課題(「プレゼンの改善方法を考える」など)を出すよう呼びかけています。

事例からみる課題の解消法

2つの学校の実施例から、現在のポートフォリオ教育が抱えている課題を解決するヒントを見つけることができます。

ポートフォリオを深く理解するための行動を起こす

いきなりポートフォリオ教育を導入しても、学生・教員とも戸惑ってしまう可能性が大きいでしょう。三重大学の例ではまず大学のHPなどを活用してポートフォリオシステムの普及に努め、ポートフォリオ教育に対する心理的ハードルを下げようと試みています。

学生側だけでなく、教員側へも講義の進め方の指示など具体的なアクションを起こすことが大切だと分かります。ポートフォリオ教育を新しく導入する場合、教員向けのワークショップを開催したりマニュアルを作ったりしてポートフォリオに対する教員の認識のズレを減らすことも重要です。ポートフォリオへの意識が教員によってバラバラだと、評価方法にズレが生じて不公平になる恐れがあるためです。

eポートフォリオを活用して、負担を軽減する

紙媒体に比べて作成や更新の手間が少ないeポートフォリオは、生徒・教員間で簡単に共有することができます。リアルタイムでコメントをもらうことができるため、生徒・教員双方の手間が少なくなります。また、紙媒体と違ってかさばらないため、管理が楽になるのもメリットです。

さらに三重大学でポートフォリオをエントリーシートと連動させることで就職活動に必要な作業の手間を減らし、日々の学習成果を効率よくアピールするのに役立っているように、教育だけに留まらない用途の広がりがあると、取り組む生徒の動機付けの一つにもなります。

ポートフォリオを通じて、生徒同士で交流する

SNS型eポートフォリオを採用している場合、生徒同士がお互いのポートフォリオを自由に閲覧し意見を交換し合うことができます。ポートフォリオへのハードルを下げるには、eポートフォリオを使って生徒同士で楽しく交流することも有効です。

学びを通じて交流することで、教員の目線だけでなく同じ立場である学生・生徒の目線からの評価を知ることができます。生徒同士で互いに評価しあうことでより客観的な自己評価能力を身につけやすくなるでしょう。

生徒一人ひとりの可能性を最大限に引き出すポートフォリオ教育

テストの点だけでは評価できない学習のプロセスや生徒一人ひとりが持つ能力を評価できるポートフォリオ教育は、総合力が求められるこれからの人材育成に有用な教育方法のひとつです。また、日々の学習の成果を大学入試や就職活動にダイレクトに活用できるというメリットにも注目されています。

しかしポートフォリオ教育の本質を十分理解しないまま、あるいは評価基準を明確にしないまま実践しても、かえって生徒・教員に大きな負担がかかるだけでしょう。これからポートフォリオ教育を導入したい場合や、ポートフォリオ教育を導入したものの思うように学習効果を得られない場合は、さまざまな成功事例に学びつつポートフォリオ教育の目的や運用方法をじっくり吟味してみましょう。

【参考】
岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授 鈴木克明「中学校での総合的な学習の時間を考える(3):総合的な学習の時間をどう評価するか~ポートフォリオ、フィードバック、アカウンタビリティ~」

東京学芸大学 森本研究室「教育分野におけるeポートフォリオとは:2.1. ポートフォリオとは?」

京都大学高等教育研究「パフォーマンス評価を生かした高大接続のための入試 -京都大学教育学部における特色入試の取り組み-」

弘前大学 田中正弘(21世紀教育センター高等教育研究開発室)
「ポートフォリオ導入の試み ―他大学の取り組みを参考に―」

     

執筆者:キャリア教育ラボ編集部