必要性が叫ばれながらも未だ各教育現場で模索が続いているキャリア教育。
このインタビューシリーズでは各教育現場でキャリア教育に取り組んでいる先生方の生の声をお届けします。今回はクルーズ合宿という珍しい取り組みで低学年からの学生のキャリア支援を行なっている金沢星稜大学キャリアセンターにお話を伺ってきました。 (取材・執筆:羽田 啓一郎)
お話を伺った方
堀口英則さん 福田 眞優さん
金沢星稜大学/金沢星稜大学女子短期大学部 進路支援室
志願者数10年で5倍に。定員割れから大学改革。
―クルーズ合宿という珍しい取り組みをされているとお聞きしました。その背景を教えてください。
堀口:2010年に第一回目のほし☆たびというクルーズ合宿を始めるまでに色々と試行錯誤がありました。そもそも本学は大学名を金沢経済大学から現在の大学名に変更した2002年頃、志願者減少による定員割れという深刻な事態に陥っていました。この問題を解決するために、大学の入り口である入試広報と、大学の出口である就職支援の両方に力を注いでいこうということになりました。私はもともとリクルートで働いており、新卒就職媒体に関わっていたので就職支援は知見がありましたし、以前勤務していた大学では入試広報を担当していたのでその両方の経験を生かして様々な取り組みを行なっていったのです。
―定員割れによる大学改革は今後あらゆる大学で発生する事例でしょうね。
堀口:その中でもまず最初に取り掛かったのが女子学生の支援を手厚くすることでした。本学は女子短期大学も持っていましたが、4年制大学の方は90%が男子学生。そこで女子学生を増やすために女性から支持されるような改革をしていこうと。就職面接に向かう女子学生向けにキャリアセンター内にパウダールームを作ったりもしましたが、特に手を入れたのがキャリア支援。「MOON SHOT」という女子学生就職支援プログラムやフィリピン・セブ島の英語留学プログラムを進路指導室発信でどんどん実施していき、学生の力を引き延ばして満足感のある就職を実現できたことを入試広報でもPRしていくという戦略で推進してきました。
―そうした取り組みの成果はいかがでしたか?
堀口:おかげさまで大きな成果を上げることができました。志願者数は10年間で5倍程度になりましたし、就職実績も有力企業への就職など実績が出来てきました。この10年の話はKADOKAWAから拙書「偏差値37なのに就職率9割の大学」という本にもなっているので是非ご覧ください。全国的にも経済学部の女子の割合が高いのは本校くらいじゃないでしょうか。今、45%くらいが女子ですからね。大きな成果をあげることができたと思っています。
クルーズ合宿で人生を変える。「ほし☆たび」とは?
―ありがとうございます。そうした流れの中でほし☆たびが生まれてきたということでしょうか?
堀口:本学の新入生アンケートの入学理由トップが「就職に強いから」になったにも関わらず、就職支援を3年生秋から行うのがウチの方針なので、1,2年生の為に何か就職につながるものをと考えて「ほし☆たび」というクルーズ合宿プログラムを始めました。これはフェリーに乗って渡航中にロジカルシンキングやプレゼンスキルを徹底的に磨き、また異国の地に渡ってからは異文化に触れていくというものです。対象は大学1,2年生限定です。
―何故飛行機ではなくフェリーなんですか? c
堀口:海上はケータイの電波が通じない非日常です。強制的なデジタルデトックスですね。また移動しながら研修ができるので一石二鳥だと考えたからです。
―・・・なるほど・・・!
福田:2010年にスタートした頃は行き先は北海道でしたが、今は上海とウラジオストクを交互に実施しています。金沢星稜大学は経済学部が主だったので、海外志向の学生が少なく、初めて海外に行く学生も多かったのです。
―ほし☆たびは必修授業じゃないですよね?有志を募る形ですか?
福田:はい、正課の授業ではなくあくまでも進路支援室が実施しているプログラムです。ただありがたいことに多くの学生から希望があり、書類審査と面接の選抜制にして70〜80人の学生を連れていきます。選抜といっても、応募時の特定のスキルを測っているわけではありません。「自分なりに自分を超えたい」という意欲がある学生を選抜しています。ただ、1年生の時に落選してしまった場合は2年生時には参加できるように意識醸成のフォローアップは行なっています。意思のある学生にはなるべくチャンスはあげたいですからね。
―学生からは費用は徴収するのでしょうか?
堀口:はい、参加費はかかります。ただ、その年の行き先にもよりますが6泊7日で学生負担は4〜6万円なのでかなり格安だと思います。格安で海外研修プログラムが実現できているのは、大学の予算と保護者会の予算を充当することができているからです。保護者の皆様からもこの取り組みはご理解をいただいております。
―ほし☆たびの全体像を教えてください。
福田:クルーズ往路で2泊、現地でも2泊、復路でクルーズで2泊の6泊7日の海外研修プログラムです。クルーズは貸切ではないので、船の中には様々な国籍の方が乗っています。船に乗った時点で異国の雰囲気があり、この時点で既に学生は日常生活とは異なる環境に身を置くことになります。
堀口:船の中ではディスカッションを通してプレゼンテーション能力やロジカルシンキングを徹底的にやっていきます。また就活を終えた4年生の学生生活と就活の話を聞く時間を多く設けています。4年生の話が刺激となって、参加学生たちは自分の学生生活を見つめ直すのです。
福田:現地に着いてからは基本的には自由行動です。ほし☆たびは修学旅行ではないので、現地でどんな過ごし方をするのかも事前に調べて自分の頭で考えてもらっています。どんな目的を設定してどう行動する予定なのかを船の中でプレゼンする時間もあります。決まっているのは泊まるホテルと門限だけ。勿論、安全は確保したうえで自律した行動を促しています。
―実際にほしたびに参加する学生はどのような変化がありますか?
堀口:これはありがたい話なのですが、行った前と後では授業態度含め、学生生活が根本から変わっている学生が多いです。これは私たちが感じるだけでなく、普段学生と接している先生からそういうお話を耳にするようになりました。進路支援室が主催しているので、ほし☆たびを就活支援の取り組みだと思っている人もいますが、本当に学生が変わって学生生活の過ごし方が変わってくるケースが多いので今ではそれだけではないと理解してもらえるようになってきました。
ほし☆たびの今後。低学年のキャリア教育で大切なこと。
―珍しいプログラムなだけに色々とご苦労もあられたかと思いますが、成果を出して続いているのは素晴らしいですね。これから何か新しい仕掛けはあるんでしょうか?
堀口:実は2019年3月に新しい取り組みとして男子学生だけのほし☆たびを企画しました。MOON SHOTという女子学生だけのプログラムがあるのだから男子学生プログラムもあっていいだろうと。行き先は屋久島です。屋久島には樹齢8,000年の屋久杉がありますよね。そして鹿児島は第二次世界大戦時の特攻隊の出撃基地もあります。8,000年生きる杉と17歳から死にゆく若者たち。その対比の中で大学1,2年生の男子学生が自分の人生の今とこれからを考えるというコンセプトの旅です。移動手段は勿論フェリーですが、帰りは鹿児島で解散です。「鹿児島から自力で帰っておいで!」と。
―面白いコンセプトですね。しかし男子学生だけで応募があるんでしょうか?
福田:私たちも応募があるのか不安でした。正直、数人程度じゃないかと思っていたんですが、蓋を開けてみたら20人程度の応募がありました。嬉しかったですね。
―参加した学生さんはどんな感想を持たれたのでしょうか。
堀口:参加後の学生のアンケートを見ていると、「自ら行動することの大切さ」を実感した学生が多いようです。縄文杉や特攻隊など、知識としては当然知っていたわけですが、実際にそれを目の当たりにすることで体感すること。アルバイトや普段づきあいの友達などの日常生活から離れて、初めて会う人とのディスカッションや登山、そしてひとり旅など、これまでの学生生活とは全く異質の体験をすることで自分を振り返り、新たな生活に決意を新たにした学生が多かったようです。
福田:これまでの学生生活にどこか閉塞感や疑問を感じながらなんとなく過ごしてきた学生もいたようです。そうした学生が自分をより良く変わるきっかけとなる機会を提供できたなら本望です。
―ありがとうございます。では最後に、低学年からのキャリア教育について感じられていることを教えてください。
堀口:キャリア教育という言葉が言われるようになって久しいですが、ただ単に企業の話を大学1,2年生のうちから聞かせたり自己分析や将来についてプランニングする大学もあると聞いています。「入社して3年のうちに早期離職している現象を打開するためにキャリア教育を」と言われ始めた当初は、大半の大学がキャリア教育を扱う部署がなく、就職課にその仕事が任されるケースが多かったはずです。就職課が企画するので、3年生でやっていた就活対策を1年生にブレークダウンしてやるという方法をとる大学が多かったと思っているのですが私にはそれが違和感で。自分の人生を1年生で設計させるのは違うんじゃないかと。そうではなくて、大学低学年のうちは将来のキャリアを切り開いていく為に考える力やプレゼンテーション能力など、学生にしっかりと地力をつけさせることの方が大事なのではないかと。私たちは進路支援室なので就職指導等もしっかりやります。でもそれは3年生の後半からで十分。それまでの学生生活をどのように過ごすかの方が大切だし、難しい。これからも新しい取り組みを色々と試していきたいですね。