2022年4月より、高校教育の現場では、新しい学習指導要領による教育が始まります。今回から新たに盛り込まれものの一つが「総合的な探究の時間」。旧学習指導要領では、「総合的な学習の時間」とありましたが、こちらの科目とは具体的に何が違うのか、本記事では解説していきます。
総合的な探究の時間とは?
そもそも総合的な探究の時間(探究学習)とは、どのようなものなのでしょうか。文部科学省が告示した新学習指導要領では、探究学習を以下のように定義しています。
探究の見方・考え方を働かせ,横断的・総合的な学習を行うことを通して,自己の在り方生き方を考えながら,よりよく課題を発見し解決していくための資質・能力を次のとおり育成すること
とあります。一方で、今までの学習指導要領にあった「総合的な学習の時間」は次の定義がなされています。
探究的な見方・考え方を働かせ,横断的・ 総合的な学習を行うことを通して,よりよく課題を解決し,自己の生き方を考えていくための資質・能力を次のとおり育成することを目指す。
2つの定義を比較してみると、総合的な学習の時間は、自分の生き方について考えながら課題を解決していく能力の育成であることに対し、総合的な探究の時間は、自分の生き方だけでなく”在り方”を考えながら課題を”発見”して解決していく能力を養うことを重要視しています。つまり、総合的な学習の時間では生徒自身が課題を発見することの有無は言及されていないこと、自分の在り方についても考えることが追記されており、より主体性を持って学習していくものであると言えます。
総合的な探究の時間は、具体的に以下の点が学習内容として求められています。
①課題や問いを立て、その解決のために必要となる知識及びスキルを身に付けること
②自分のテーマに対する行動軸やアクションプランをつくること
③社会や実生活など、身近なところから自分のテーマを見つけること
④テーマに対して、情報を収集し、整理・分析しながら、自らの考えをまとめ・表現・
発信できるようにすること
⑤他者と協力しながら、新たな価値をつくりだすこと
上記の点をまとめると、探究学習とは、教科の垣根を越えて、生徒自身が自分らしさや将来の生き方について、自らテーマや課題を設定し、その目標に対して、他者と共に、試行錯誤しながら、能力や知識を養っていく学習のことです。
その他、具体的な進め方は過去の記事でも紹介していますので、こちらをご参照ください。
なぜ、生徒自身が自ら目標やテーマを設定しながら自分の在り方についても考える教育が求められているのでしょうか。社会環境の変化を元に、総合的な探究の時間が必要となった背景を説明します。
なぜ総合的な探究の時間が必要とされているのか?
学習指導要領の改訂を行ったの中央教育審議会では、以下の視点を中心に改訂が行ったと言われています。
①教育基本法,学校教育法などを踏まえ,これまでの我が国の学校教育の実践や蓄積を生かし,生徒が未来社会を切り拓くための資質・能力を一層確実に育成することを目指す。その際,求められる資質・能力とは何かを社会と共有し,連携する「社会に開かれた教育課程」を重視すること。
②知識及び技能の習得と思考力,判断力,表現力等の育成とのバランスを重視する平成21年改訂の学習指導要領の枠組みや教育内容を維持した上で,知識の理解の質を更に高め,確かな学力を育成すること。
③道徳教育の充実や体験活動の重視,体育・健康に関する指導の充実により,豊かな心や健やかな体を育成すること。
上記の①にも言及されている通り、生徒が未来社会を切り拓くための資質・能力を一層確実に育成することを改訂の重要な指針として、位置づけられています。今まで人類は、①狩猟社会(紀元前8000以前)→②農耕社会(紀元前8000年ごろ)→③工業社会(1800~1900年ごろ)→④情報社会(1990年代ごろ)と4つの大きな社会変革を経験してきました。現在、AIやVRなどの仮想空間と現実を融合させたデジタル革新といった新しい社会変革の形になり得る⑤Society 5.0の波が到来していると言われています。こうしたSociety5.0の激しい環境変化でも子どもたちが自分らしい生き方を選択・対応できる力を身に着けられるよう学習指導要領の改訂がなされたのです。
激しい社会変化でも柔軟に対応できるよう、総合的な探究の時間が導入されていますが、学校現場での教育だけでなく、他のプログラムにもどのように影響してくるのでしょうか。次に、大学入試での影響についても解説いたします。
知識・技能の評価だけでない新しい入試の形の登場!探究学習との関係性
令和3年より、大学入試は今までのセンター試験から大学入学共通テストに試験方式が変わりました。これは文科省が行う大学入試改革の一環として行われているものですが、大学入試改革は大学選抜において、以下の点を重視して、改革がなされています。
㋐知識・技能の確実な習得
㋑ (㋐を基にした) 思考力・判断力・表現力
㋒主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度
上記を評価する方法として、学力検査であるセンター試験から大学入学共通テストになりました。出題内容が今までのセンター試験では㋐だけでしたが、㋑を評価する設問に含まれるようになっています。他にも、㋑や㋒に対応した様々な入試方法が行われています。その中で、総合的な探究の学習が大きく変わってくるものがあるのです。
現在、大学入試改革により、以下の3種類の入試方法が行われています。
①一般型選抜:調査書の内容、学力検査、小論文、面接、集団討論、プレゼンテーションその他の能力・適性等に関する検査、活動報告書、大学入学希望理由書及び学修計画書、資格・検定試験等の成績、その他 大学が適当と認める資料により、入学志願者の能力・意欲・適性等を多面的・総合的に評価・判定する入試方法。
②学校型推薦選抜:出身高等学校長の推薦に基づき、原則として学力検査を免除し、調査書を主な資料として判定する入試方法。③総合型選抜:詳細な書類審査と時間をかけた丁寧な面接等を組み合わせることによって、入学志願者の能力・適性や学修に対する意欲、目的意識等を総合的に判定する入試方法。特徴として、生徒自らの意思で出願すること、知識・技能の修得に重点を置いた選抜をしないこと、基礎学力の状況把握ができるもの(各大学が実施する検査 (筆記、実技、口頭試問等)の成績、大学入試センター試験の成績、資格・検定試験等の成績、高等学校の教科の評定平均値)を用いて選抜する方法である。
特に、②学校型推薦選抜と③総合型選抜では、総合的な探究の時間の学びが大きく関わってくると言えます。
②では、学校長による推薦になりますが、推薦できるポイントがなければ、推薦ができません。今までは、多くの高校で学力や部活動の成績などの実績を持った生徒が推薦されてきましたが、総合的な探究の時間での取組内容によって推薦を勝ち取るという生徒が今後出てくる可能性があります。
③では、特に総合的な探究の時間での学びが密接に関わってきます。②と③での選抜方法の大きな違いは、実績だけでなく大学のアドミッションポリシーなどの考え方と合致しているかどうかによっても評価されます。学力の順位によって選抜するのではなく、ある程度の学力基準を満たしていれば、自分自身の考えを持ち、かつ、大学のアドミッションポリシーと相乗効果を合わせることで成長できる可能性がある生徒を選抜するという入試方式なのです。
大学でどのような学びをしたいのか、今後どういったことをしていきたいのか、また、自分の興味・関心がどういったものなのか、仮説を問いをたて試行錯誤しながら検証をしていく過程で、自己と向き合い、自分自身を理解するための時間が、総合的な探究の時間となるのです。このプロセスの過程や考え方は、志望する大学と合致するかを比較・評価するための判断材料の一つになり得るのです。
では、総合的な探究の時間はどのように進めていくのでしょうか。
総合的な探究の時間は、PBL(Ploblem-Based-Learning)やアクティブラーニングとは何が違うのか?
総合的な探究の時間は、前述のとおり、教科の垣根を越えて、生徒自身が自分らしさや将来の生き方について、自らテーマや課題を設定し、その目標に対して、他者と共に、試行錯誤しながら、能力や知識を養っていく学習のことです。文部科学省は、以下のプロセスを何度も繰り返すことで学習していくことが、探究学習の進め方であると定義されています。
探究学習の大まかな流れ
①課題の設定
②情報の収集
③整理・分析
④まとめ・表現
これらの過程の中で、PBLやアクティブラーニングが生徒の学びを深めるための方法として機能します。PBLとは、過去の記事でも紹介していますが答えが一つではない課題に対して、仮説をたて、自分たちで調査し、仮説が間違っていればまた新しい仮説を立てて検証していくということを繰り返す学習方法になります。
PBL(問題解決型)授業とSBL(科目進行型)授業との違いは
アクティブラーニングとは、主体的・対話的で深い学びを図るために、体験学習、グループワーク、ディベートといった集団でのワークを取り入れた学習方法です。
PBLは課題発見・解決を、アクティブラーニングは主体的な対話による学びを重要視しています。総合的な探究の時間は、これらの両方をうまく組み合わせて実施することにより、生徒が効果的に、自分の在り方や生き方を考えながら能力を養うことができるのです。
その他、具体的な指導法については過去の記事をご参照ください。
まとめ
今回は、2022年度から導入される総合的な探究の時間がどのようなもので、どのような背景から導入されたのか紹介しました。この科目の導入により、学力偏重による評価ではなく、生徒自身の考え方や在り方が大学との学びにマッチするかを評価するといった点で、大学入試の変革にも大きく関わっているものになっています。
生き方や在り方について正解はありませんが、社会変化が激しい現代において、生徒自身が自分らしく生きる力を養うための時間が総合的な探究の時間です。
多くの生徒の選択肢を増やし、自ら望んだ進路を選択するために、どう総合的な探究の時間を行っていくことが必要なのかを考えるきっかけになれば幸いです。
◎参考文献
文部科学省 【総合的な探究の時間編】高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説